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「そろそろ仕事するか」
誠一は笑いながら私にそう言った。
「うん。後2社回るだけね」
「ちゃっちゃと片づけて、早く帰りたいよ」
「そうね」
私はもっと、ずっとこのまま一緒にいたかった。
会社にも戻らず、この海辺で誠一と二人だけで、いつまでも一緒にいたかった。
誠一は、まるで真由美だけを見て、真由美に向けて真っ直ぐ歩くように、防波堤に停めてある車の方へ歩いて行く。
私はそんな誠一に後ろから抱きついて、制止したい気持ちを抑えて、誠一の後を歩き続けた。
しかし誠一は、小走りに車へと向かい、車のロックを解除すると、すぐに運転席に乗り込み、エンジンをかけはじめた。
まるで真由美に早く会いたくて仕方がないように。
「早く、乗った、乗った」
誠一は爽やかな笑顔で、笑いながらそう言った。
「うん、ゴメン、ゴメン」
私は態勢を崩した歩き方で、みっともなくスキップするように小走りし、車の助手席に入り込んだ。
助手席…
私は誠一の仕事の助手でしかない。
それ以上でも以下でも、無い。
誠一は私の方を一切見ないで、何もない表情でエンジンをふかし、そのまま車をスタートさせた。
車が走る走行音に耳をすまし、私のことを、一切見ていない悲しみを忘れようとした。
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