3060人が本棚に入れています
本棚に追加
/77ページ
綾子を抱いていた頃から、彼女の気持ちには薄々気がついていた。
綾子が俺と浮気したのは、仕事優先の彼氏にもっと構ってもらいたかったからだ。男の影をちらつかせれば、結婚に踏み切ってくれるだろうと考えたのかもしれない。
その作戦が功を奏したのか、綾子はスピード結婚をしたわけだが、結婚後も同じ悩みを抱えていたらしい。
「一緒に行きたいって言えばいいじゃないですか。」
「言えないわよ。向こうは別居もやむを得ないって考えてるのに。」
「でも、子どもが欲しいから仕事を辞めてくれとは言われたんですよね? それって俺について来てくれって意味だったんじゃ」
「そうかな?」
俺の言葉に縋りつくように、綾子の手が俺の腕を掴んだ。
「ほら、もうこういうのは止めて下さい。セクハラで本部に訴えますよ? 旦那を愛してるんなら、ヤキモチ焼かせようなんて小細工は止めて、まっすぐ向き合わないと。」
自分の言葉がそのままブーメランのように返って来た。
俺だって自分を偽ったまま、環にプロポーズしようとしているじゃないか。
「表参道店に異動願い、出しちゃおうかな。」
泣き笑いのような顔をした綾子は、もう心を決めたみたいだ。
「あんな激戦区に飛び込んだら、妊娠なんて無理ですよ。もっと暇なところにして、産休と育休をしっかり取って。」
俺の忠告なんて無視して、さっさと荷物をまとめると綾子はバタンとロッカーを閉めた。
「今から旦那の出張先のホテルに突撃する。雪で電車が止まってないことを祈ってて。あ、私の代わりに笠井シティーホテルに泊まってもいいわよ?」
今にも駆け出して行きそうな綾子に苦笑いを返した。
「いえ、いいです。俺も今夜は環の家に突撃しますから。」
環に綾子とのことを洗いざらい話して、こんな俺だけど結婚してくれと懇願しよう。
どうやら綾子はすぐに東京に異動になるようだし。
綾子と別れると俺はすぐに環に電話したが、しつこくコールしても通じなかった。
駅ビルの中にいた時にはわからなかったが、駅前は大渋滞だ。
環はバスに乗れただろうか。まだいるんじゃないかと思いバス停まで行ってみたが、環の姿はなかった。
車を停めてある南口の駐車場に向かいながら、もう一度電話してみても、やっぱり環は出ない。
今、どこにいる?
言いようのない不安が、俺の心の中に広がっていった。
最初のコメントを投稿しよう!