3079人が本棚に入れています
本棚に追加
/77ページ
朔夜の様子がおかしいと気付いたのは、私ではなく美沙貴だった。
私はと言えば、もうすぐ朔夜と付き合い始めて1年目のクリスマスだと浮かれていただけだった。
よく1年も続いたなというのが正直な思いで。
始まりがあんな感じだったから、私には朔夜に愛されているという自信がなかった。
――そんなに俺のことが好きなら、付き合ってやってもいいよ。
朔夜にはっきりそう言われたわけじゃないけど、あの時の彼はたぶんそんな気持ちだったのだと思う。
朔夜が交際することにしてくれたのは、私のことを好きになったからじゃない。
だって私は、好きだとも、付き合ってくれとも言われていない。
もちろん付き合うようになってからは、朔夜も好きだと言ってくれる。愛しているとさえ言ってくれる。
そう言われるたびに嬉しいと喜ぶ自分と、浮かれちゃいけないと戒める自分がいる。
だから、朔夜と綾子チーフの話を美沙貴が口にした時、やけにすんなりと納得できてしまったのだ。
「ねえ、木原さんが昔、綾子チーフに片思いしてたってホント?」
仕事上がりの休憩室で、美沙貴が躊躇いがちに私に訊いてきた。
綾子チーフは私たちが入社する直前の3月までこの店で働いていたけど別の店舗に異動になって、このクリスマス商戦を前にチーフとして戻って来た人だった。
前からいるスタッフたちは綾子さん綾子さんと懐かしそうに呼んでいるのに、朔夜だけは妙に距離を取っている。それに気付いた美沙貴が疑問に思って古株のスタッフから聞き出したらしい。
「恋人がいる綾子チーフに振られても、諦めきれずに猛アタックしてたんだって。環、知ってた?」
「ううん。そっか、失恋したばかりって本当だったんだ。」
綾子チーフが結婚したのは、お店が暇になる8月だったと言っていた。
私が朔夜に告白したのは、その2か月後だったというわけだ。
「でも! そんなのただの噂かもしれないよ? 本当のところは本人たちにしかわからないことだもん。」
せっかく美沙貴が私を慰めるように言ってくれたのに、休憩室の奥からヒョコッと顔を出したのは高遠くんだった。
「いや、全部ホント。綾子さんが思わせぶりな態度を取るから、木原さん、最後の最後まで諦め切れなかったみたいで、かわいそうなぐらいだった。」
他に誰かいるとは思いもしなかった私たちは、彼の端正な顔を見つめるばかりだった。
最初のコメントを投稿しよう!