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高遠くんは大学4年生だけど、1年の時からこの店でバイトしているから、私たちよりも事情通だ。
「あんたが綾子さんとは全然違うタイプだから、てっきり遊ばれてるのかと思ったけど、案外持ったよね?」
フ―ッと高遠くんが煙を吐きだすと、微かにタバコの匂いが漂ってきた。
確かに綾子さんは私とは全然違う。
キリッとしていてバリバリ仕事が出来て。美人で背が高くてグラマラスな身体で。
朔夜が夢中になるのもわかる。
気弱で、少しぽっちゃりで十人並みの顔の私に夢中になるわけがなかったってことも。
「その言い方、失礼だよ! なんで過去形なの?」
いつもは高遠くんと目が合っただけで赤面する美沙貴が突っかかったのは、私のため。
でも、私も心の中で高遠くんに同意していた。ホント、よく持ったなって。
「見てわかんない? 綾子さんが戻ってきてから、木原さん、変じゃん。仕事してても心ここにあらずで。あれ、ヤバいよ?」
「ヤバいって?」
「不倫だよ、ふ・り・ん。綾子さんも年上の旦那に仕事辞めて子ども作れって言われたって、愚痴ってたし。自分のこと、好きで好きで堪らないって目をした若い男がそばにいたら、ヤっちゃうでしょ。」
灰皿代わりの空き缶にタバコを押し付けると、ご愁傷様と呟いて高遠くんは出て行った。
バタンと閉まった休憩室のドアをぼんやり見ていた。
そういえば、最近デートしていなかったなとか。
時々、朔夜が思いつめたような目で私を見つめていたなとか。
今考えるといろいろ思い当たる節があるのに、私は気付かないフリをしていたのかもしれない。
気付いてしまったら、朔夜が別れを切り出してしまいそうで。
それが怖くて、目を逸らしていただけだったのかもしれない。
「不倫なんてしてないって! 旦那さんにバレたら、木原さん、高額の慰謝料を請求されることになるんだよ? そんなリスク、わざわざ冒すと思う?」
いつも芸能人の不倫ネタに興味津々の美沙貴がそんなことを言うから、苦笑が零れた。
「そんなリスクを冒してまで、欲しいと思っちゃったんでしょ。」
きっと凄く好きだったんだよね。朔夜は綾子チーフのことが。
手に入らなくて諦めかけた人が自分のそばに戻ってきて、旦那さんへの不満を口にしていたら、思っちゃうよね。
俺が幸せにしてやりたいって。
朔夜ならきっとそう。一時の欲情なんかじゃなくて。
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