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バレンタインセールの喧騒の中、あれほど並んでいたお客さんの列も途切れがちになって来た頃、インカムで何か話していた綾子チーフがレジに戻って来た。
「雪が降って来たそうだから、雨用のショッパーにして。」
綾子チーフの指示に、リボンをかけていた手が一瞬止まった。
今朝の気象情報では、明日の未明から雪という予報だった。まさか、こんな早まるなんて思ってもみなかった。
『カーサ』というロゴ入りのオレンジ色の紙袋に、透明のビニールを被せたものが雨の日用だ。
ラッピングスペースにある程度は置いてあるけど、足りなくなるかもしれない。
「ショッパー、取りに行ってきます。」
行くならお客さんが途切れている今だと思った私は、倉庫に向かった。
袋は大・中・小と3種類ある。
今日はバレンタインのチョコを買うお客さんがほとんどだから、小を多めに。
閉店までの残り時間を考えて、適当な数量を手にした。
「環。」
ハッと振り返ると、倉庫の入口に朔夜が立っていた。
「あ、大丈夫。持てます。これぐらいで足りますよね?」
ビニールで滑りやすいけど、小が多いから1人でも持てる。それでも、朔夜が見に来たのは、数量の見積もりが私では不安だったからかもしれない。
もう2年目なのに、私は去年の朔夜に比べてあまりにも未熟だ。
朔夜があんなに仕事をマスターしていたのは、憧れの”綾子さん”に認められたくて頑張ったからだということに、今頃気付いた。
綾子チーフは朔夜にとってプラスになる人なのに、私は足を引っ張っているだけ。勝ち目なんかあるわけない。
「あ、うん。それで足りると思う。それより、環。今夜、大事な話があるんだ。遅くなるかもしれないけど、絶対、環の家に行くから。待ってて。」
「大事な話? 何だろ。怖いな。」
冗談っぽくハハッと笑って見せたけど、きっと引きつった笑顔だっただろう。
ついに来たと思ったから。
元々、バレンタインデーは仕事が立て込んで遅くなることはわかっていた。だから、どこかオシャレなレストランでデートなんてことは初めから考えていなくて、私の狭いアパートに来てくれることになっていた。
わざわざ念を押すことないのに。
朔夜は今日で終わりにするつもりなんだ。
いつになく真剣な顔に、彼の決意が見えたような気がした。
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