雪起こし

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ふと鼻を掠めたのは、タバコの匂い。 それも朔夜が買って来たコンビニ袋の中のタバコの匂いじゃない。付き合う前に吸っていたのと同じ銘柄だから、その匂いは憶えている。 今、朔夜から微かに匂うのは、綾子チーフがいつも吸っているメンソールの匂いだった。 さっき、美沙貴と私が出て行った後、休憩室で2人で何をしていた? 抱きしめてキスをして、それから? 自分の顔が歪みそうになるのがわかった。 歪んでいるのは朔夜と私の関係だ。 他に好きな人がいて私のことなんて好きでもない朔夜と、そんな朔夜にしがみついている私。 こんな惨めな思いをしながら、見て見ぬふりをしていくなんて私にだってもう無理だ。 「環?」 「タバコ……」 「え?」 「タバコ、また吸い始めたんだね。」 私がタバコの匂いが嫌いだからと、半年かけてやめてくれたのに。 また吸い始めたということは、もう私から離れることにしたってこと。 「いや、違うんだ。コンビニのレジでふと目についてさ、つい番号言っちゃっただけ。なんか今日は朝から緊張してて。」 「そうなんだ。」 「吸ってないから。買ったけど、高遠にやった。」 「吸ってもいいのに。」 「え?」 「吸いたいなら吸っていいんだよ? もう私なんかのために我慢しなくても。」 「環?」 「あ、大変! 早く戻らないと!」 朔夜の訝し気な視線を振り切るように、私はショッパーを手に倉庫を飛び出した。 雪のせいかガクッと客足が減って、綾子チーフは6つあるレジを半分に減らした。 ラッピングをしていた美沙貴ももう上がっていいと言われて、私の方を気遣わし気に見てからバックヤードに消えて行った。 ラッピングが私1人になったため、私自身の忙しさは大して変わらない。 「あ、それ、2点で30%off。」 集中して包んでいたのに、ふと聞こえた声に顔を上げてしまったのはなぜだろう。 朔夜のミスに気付いた綾子チーフが注意した声だった。 目に飛び込んできたのは、朔夜に身体を寄せて彼の右腕に触れた綾子チーフの手だった。 ハッとしたように後ろの私を振り返った朔夜に、見ていたことを知られたくなくて顔を伏せた私。 頭には1年前に高遠くんが言ったセリフが蘇っていた。 ――くっつき過ぎだから。身体を重ねた関係だってバレバレですよ。
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