3082人が本棚に入れています
本棚に追加
/77ページ
ふと鼻を掠めたのは、タバコの匂い。
それも朔夜が買って来たコンビニ袋の中のタバコの匂いじゃない。付き合う前に吸っていたのと同じ銘柄だから、その匂いは憶えている。
今、朔夜から微かに匂うのは、綾子チーフがいつも吸っているメンソールの匂いだった。
さっき、美沙貴と私が出て行った後、休憩室で2人で何をしていた?
抱きしめてキスをして、それから?
自分の顔が歪みそうになるのがわかった。
歪んでいるのは朔夜と私の関係だ。
他に好きな人がいて私のことなんて好きでもない朔夜と、そんな朔夜にしがみついている私。
こんな惨めな思いをしながら、見て見ぬふりをしていくなんて私にだってもう無理だ。
「環?」
「タバコ……」
「え?」
「タバコ、また吸い始めたんだね。」
私がタバコの匂いが嫌いだからと、半年かけてやめてくれたのに。
また吸い始めたということは、もう私から離れることにしたってこと。
「いや、違うんだ。コンビニのレジでふと目についてさ、つい番号言っちゃっただけ。なんか今日は朝から緊張してて。」
「そうなんだ。」
「吸ってないから。買ったけど、高遠にやった。」
「吸ってもいいのに。」
「え?」
「吸いたいなら吸っていいんだよ? もう私なんかのために我慢しなくても。」
「環?」
「あ、大変! 早く戻らないと!」
朔夜の訝し気な視線を振り切るように、私はショッパーを手に倉庫を飛び出した。
雪のせいかガクッと客足が減って、綾子チーフは6つあるレジを半分に減らした。
ラッピングをしていた美沙貴ももう上がっていいと言われて、私の方を気遣わし気に見てからバックヤードに消えて行った。
ラッピングが私1人になったため、私自身の忙しさは大して変わらない。
「あ、それ、2点で30%off。」
集中して包んでいたのに、ふと聞こえた声に顔を上げてしまったのはなぜだろう。
朔夜のミスに気付いた綾子チーフが注意した声だった。
目に飛び込んできたのは、朔夜に身体を寄せて彼の右腕に触れた綾子チーフの手だった。
ハッとしたように後ろの私を振り返った朔夜に、見ていたことを知られたくなくて顔を伏せた私。
頭には1年前に高遠くんが言ったセリフが蘇っていた。
――くっつき過ぎだから。身体を重ねた関係だってバレバレですよ。
最初のコメントを投稿しよう!