0人が本棚に入れています
本棚に追加
「気を付けて帰れよ」
その日の授業を終えると、入口の所で生徒の見送りをしていた。突然の雪で皆、親に連絡をしたのか、塾の前には乗用車が何台も止まっていた。
「こんな時間に迎えに来てくれる親御さんも偉いよなあ」
我が子からの救難信号とも呼べる連絡にすぐ様駆け付ける保護者達。
暫くして校舎も静かになり、俺も帰ろうとした時、入口に一人佇む女子生徒がいることに気が付いた。
「小野田か。どうした?親御さん待ってるのか?」
「あ、川口先生・・・。実は、親に連絡したんですけど、返信無くて・・・、それで、傘も無いし、どうしようかなって・・・」
時刻は既に10時を回っている。流石にこの時間に寝ているのは考えづらい。きっと、単に連絡に気づいていないのだろう。
「傘なら職員室にあるやつを貸してやるよ。小野田の家はここから近いのか?」
「はい、ここら交番の方に歩いて三十分位のところです」
「交番の方って、俺のアパートの近くじゃん。何だったら、近くまで送ってやるよ」
「本当ですか?!」
「ああ、傘取ってくるからちょっとここで待っててくれ」
俺はそう言うと職員室に行き、退勤に印をつけ、ポリバケツに何本も入っている誰かが置き忘れた傘を二本拝借し、小野田の所へと戻った。
「ほら、誰のか分からないけど、これ使っちゃいな」
「ありがとうございます!」
外に出ると、こんな時間なのにも関わらず、辺りは昼の様に明るく、天気予報が言っていた通り、降り積もる雪は大粒で、見慣れているはずの町が何処か知らない町に思えて仕方なかった。
俺達はたわいもない話をしながら、雪の降る道を並んで歩いた。雪は予想以上に積もっており、俺達は40分くらい掛けて、雪が随分と積もった交番を見つけた。すると、小野田はぺこりと一礼をして、住宅街に消えて行った。
その翌日、大学の授業は休校になり、午後になってから布団から出ると、何もしないままバイトの時間になっていた。
外に出ると、近隣住民が雪かきをしてくれたとはいえ、道路には疎らに雪が残っていた。俺はいつもの様に駐輪場に向かうと、そこに自分の自転車がないことに気が付いた。
「あ、昨日歩いて帰ってきたのか」
昨夜のことを思い出し、俺は仕方なく、交番の前を通らない、普段通りの道を歩いて塾に向かった。
最初のコメントを投稿しよう!