フナダマ

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 船内の小さな神棚に塩と洗米を供え、ゴロージは恭しく拍手を打った。  出港前に船のすべてを検め、最後に神棚に礼拝するのは、ゴロージが船頭になってから欠かさない習慣だった。  かつて、船を新造するとその帆柱の根元に古銭や近しい女の髪などを納め、船の魂の拠り所としたという。 「フナダマ」と呼ばれるそれは、船と船乗りたちを守る霊力をもつと信じられ、時代が変わったいまもゴロージは頑なにその伝統を守っていた。    こうして礼拝を終えると、ゴロージは出港前のほんの一時だけ、必ずヨシノのことを思い出した。  ヨシノはゴロージがまだ駆け出しの船頭だったころに通い詰めた、遊郭の女だった。  その時のゴロージよりは少し年嵩だったが、色白で愛嬌があり、それでいて氷細工のようにたおやかな女だった。  小さな船を一人きりで操って、時には無茶な荷運びもこなしていたゴロージは、懸命に金を貯めていた。金を貯めて、もっと大きな船を誂え、大所帯の船頭になるつもりだった。  そして身体の弱いヨシノに苦界での勤めから足を洗わせ、女房として迎えるのが夢だった。
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