1.受験の足音

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 水曜の午後1時、駅前のファーストフード店はN校生で埋め尽くされている。笑い声、嘆く声、よくわからない悲鳴に呻き。動物園のような喧噪とは裏腹に、三人のテーブルは静かだった。隣は一年生。反対側は二年生。彼らが纏う空気でだいたい学年が把握出来てしまうのは何故だろう。ともかくここから見える範囲に同学年の姿はない。 「土曜日だっけ、次の模試」  あくびまじりに尋ねる美鈴の目線は手元の英単語帳をせわしなく動いている。橙子が付箋だらけのノートを淡々とめくりながら答えた。 「9時。集合は8時半」  期末試験最終日を終えて、こんなに開放感のない放課後は初めてだ。 「瑠璃は初でしょ?」 「うん。何持って行けばいいのかすら謎」  既に受験勉強が板についている二人と違い、最近バレー部の引退試合を終えたばかりの瑠璃は今週末の模試の案内を眺めてぼんやりしていた。 「そこに書いてあるものがあれば平気だよ」 「とりあえず鉛筆と消しゴムさえ忘れなきゃ何とかなる」 「まあ瑠璃なら心配ないと思うけど……」  高校三年生の夏。そこそこの進学校であるN校では、大多数の生徒が大学受験を選択する。それは彼女たち三人も例外ではない。明日は大手の予備校が主催する全国統一模試を控えている。 「あのさ」  突然、美鈴が単語帳を閉じた。 「別れたんだよね」  そう言ってストローをくわえる。溶けた氷の隙間に残ったコーラを吸い上げる横顔は、いつも通りだった。
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