第一章

2/55
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/78ページ
 ステパン氏は少年が最後の一筆を描き終えるのを待った。まるでそれが彼に残された最後の務めでもあるかのように、彼はその短い凝視に従事することを喜んだ。そのことが現実に何の効果も表さないことを分かりながら、むしろ現実にある事態を修復するのに何の手立てもないことを実感する快楽に浸るため、彼は教え子の描く奇妙な動物たちの体つきをじっと眺めた。一つ、出来上がると彼をまるでからかうかのように、教え子の家畜たちは殖えた。  師のこういう凝視に慣れると、教え子のニコライの方でもそのことに適応した新たな習慣を持った。このたったの十一歳の子供は大変聡明で、教えられたことを呑み込むだけでなく、すぐさま何かしらの習慣の形に変えた。その鮮やかな発明は人類全体が見習う必要があるべきもののように、少なくとも師のステパンには感じられた。たとえば「殺人」という、子供にはあらゆる理由から禁じられている行為は、「命」というものを彼が教えた翌日に、ニコライが手のひらに入れて示してくるようなものだった。 「先生、先生が昨日仰っていた命というものは、時間が経つにつれてこんな風に変色するのですね」  しかも、こういう場合、彼には殺意があったわけではなく、ただ教えられたことの標本が欲しかっただけなのである。そうして一たび、自分で創り出した標本を本物と認めさせれば、今度はその標本すらも要らなくなってしまう。のち、彼の突飛な行動を理解するために他人は、彼を病的な昂奮の出来る人間だと思いたがった。しかし、幼時から彼に接して来たステパン氏から見れば、彼はどのような行為にも動機となる昂奮を伴わずに従事することの出来る稀有な人間で、殺人だろうと描画だろうと、ただ行うとなれば標的にピンを刺すときの冷静さでやり遂げ、そこに自分の感情の標本を創り出してしまう。そうしてそれが他人の目に留まったのを確認したのち、すぐに破いてしまう。その繰り返しをしているだけだった。
/78ページ

最初のコメントを投稿しよう!