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【夜の庭園】
舞踏会会場から抜け出た先は、とても静かだった。
城の庭園は仄かにガス灯がついて明るい。
背の高い薔薇の生け垣の中に入れば、そこから先はリコリスにとって夢の様な世界だった。
中央には噴水があり、女神が水瓶から水を溢している。
その周囲には色鮮やかな薔薇が植わっていて、とてもいい匂いがした。
それら全てを眺める事が出来るベンチに腰を下ろしたリコリスは、ふっと息は吐き出す。
思うのは、この1年の激しい変化だった。
リコリスは貧しい母子家庭で育った。父は、最初から居ないと言われていた。
その母が病没して直ぐ、父がリコリスを迎えにきたのだ。
聞けば父は母と道ならぬ恋をして、リコリスが生まれた。だが、それと同時に母が姿をくらませたのだと言う。
優しい父は一人きりとなったリコリスを引き取ってくれた。
だが、母違いの姉二人はそうはゆかなかったのだ。
水仕事で荒れた手を見て、リコリスは苦笑する。手一つとっても、こんなにも違う。貧乏で未発達の貧相な体では、美しかった母の形見すらも着こなせはしない。
ぽつりと、手に落ちた滴がリコリスの惨めな気持ちを代弁しているようだった。
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