【夜の庭園】

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「ダメね、これじゃ。いいじゃない、一生に一度お城の中を見られたんだもの」  頬を拭ったリコリスは強がりな笑みを浮かべ、周囲を見回す。  本当に、見事な庭園だった。珍しい品種の薔薇もある。特に目を引いたのは、小さな緑色の薔薇だった。控えめで、あまり目立たない。そんな所が何処か重なって見えたのだ。  思わず手を伸ばしたリコリス。その時、草を踏む音と鋭い声がした。 「お前、そこで何をしている」 「!」  凛とした男の声に、リコリスは思わず手を引っ込めた。薔薇の棘が容赦なく、荒れた手を引っ掻く。ほんの僅か刺さった棘の痛さに思わず傷を庇うと、男は近づいてきて強く手を引いた。  とても、綺麗な男の人だった。  夜の闇を溶かし込んだような黒髪に、端正な顔立ち。瞳も同じく黒くて、長身で、少し整いすぎて冷たい印象すら感じてしまう面立ちだった。 「棘が刺さったのか。とりあえず来い」 「ごめんなさい、薔薇を摘もうとしたんじゃないんです! ただ、珍しくて!」  強く引かれる腕の力に非力なリコリスが敵うわけじゃない。だがそれでも足が動かない。  もしかしたら、触れてはいけなかったんじゃ。そもそもこの庭園自体入ってはいけない場所だったのでは。このままどこに連れて行かれるの? 衛兵に突き出されてしまうの?     
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