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怖くなって震えながら抵抗したリコリスを、男は近くのベンチに座らせる。膝を折り、傷ついた手を見て僅かにほっとした顔をした。
「ほんの少し刺さっただけか。ここの薔薇は棘を抜いていない。不用意に触れれば傷を作る」
「あの…」
「摘もうとしてわけじゃないのは、分かっている。側で見ようとしていたのだろ?」
静かに言われた言葉に、張りつめた様な気持ちが緩んだ。途端、涙が滲んでくる。怖かったんだ、あまりに知らない世界でなにも分からず、いけない事をしてしまったのかと。
驚いた男は胸ポケットから真新しいハンカチを取り出し、困った様に涙を拭う。優しいその仕草に、余計心は温もっていって、我慢している感情すらも溢れてしまいそうだった。
「驚かせて悪かった。だからそんなに泣かないでくれ。珍しい所に先客がいたものだから、声をかけたんだ」
「あの、私……すぐ、行きますので」
装いから、パーティーの出席者なのは分かった。そしてとても、綺麗な人だ。隣りに並ぶのが恥ずかしいくらいに。
それに、こんなみっともない女が隣りにいるよりは、美しい薔薇を見ている方が安らぐだろう。
リコリスは席を立って立ち去ろうとした。だが体は予想に反して動かない。男がリコリスの腕を掴んでいたからだ。
「どうして逃げるように立ち去る必要がある」
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