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俯いたまま顔を上げられなかった。恥ずかしくて、苦しくて。
男は立ち上がる。こんな貧相な娘の相手に飽きたのだろう。
だが男はリコリスの腕を掴んで立たせた。そして何も言わず、城の方へと歩いていってしまう。
もしかしたら、不審者だと思われたのかもしれない。こんな貧相な貴族の娘なんていない。貧乏人が紛れ込んだんだと思われて、もしかして、捕まって……。
「いや、離してください!」
震えたか細い声だったけれど、これが精一杯だった。リコリスでは男の手を払う事はできない。
「兄上?」
城へ入れられた直後、不意に声がかかった。顔を上げたリコリスの前には、先程見た綺麗な王子様が立っていた。
そしてこの綺麗な王子様はリコリスの隣りにいる人を、確かに「兄」と言った。
「!」
「少し用ができた。イベリス、後を頼む」
「……分かりました。兄上、無体な事だけはなさいませんように」
「当たり前だ」
男は相変わらずリコリスを引き摺るように城の中へとつれていく。明らかにパーティー出席者が入れない様な奥のほうだ。
そうして通されたのは、綺麗に整えられた部屋だった。天蓋付きのベッド、精緻な彫り込みのテーブルセット、鏡台。
リコリスは何を言う暇も与えられず、鏡台の前の椅子に座らされた。
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