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悪い予感は的中した。その翌日から、毎晩のように壁男が俺の部屋にやって来るようになったのだ。
壁男の手口はこうだ。まず、壁を二回ノックしてくる。当然無視していると、今度は連打だ。こちらが叩き返すまで、延々とノックし続ける。仕方なくドン、と一発叩き返すと、待ってましたとばかり壁男が壁を抜けてやって来る。
「コンビニでおいしいお菓子を見つけた」だとか、「久しぶりにUNOしたくなった」だとか、本当にどうでもいい理由をつけてくるのが、いちいち鬱陶しい。滞在時間はごく短いとはいえ、人付き合いが嫌いで一人の時間をこよなく愛する俺にとって、壁男の夜毎の訪問は苦痛でしかなかった。
壁男の本名は知らない。初めは「壁抜け男」と呼んでいたが、面倒になって「かべおとこ」になり、さらに省略して現在は「かべお」となった。
部屋に来た壁男は、ひとりでぺらぺらと喋っている。おかげで俺は、壁男について日ごとに詳しくなっている。ものごころがついた時には壁抜けができたこと。家のなかでは家族がいるときは壁抜けをしてはいけないという決まりがあったこと。でも遅刻しそうな時は他所の家の壁をこっそり抜けたりしていたこと。甘いものに目がないこと。料理人を目指して調理専門学校に通っていること。自分は変な人間だと、いつもどこかにコンプレックスがあったこと。そんなどうでもいい壁男の話を、黙ったまま、鬱陶しくてたまらないという顔をして聞いている。
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