壁男

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壁男

 この世はたくさんの人間で溢れかえっている。  スポーツが得意な奴、お洒落のセンスが抜群な奴。平々凡々だと自分では思っていても、たとえば足の親指だけが平べったいとか、ゴキブリを捕まえるのが得意だとか、そんな些細なことだって立派な個性だ。    そういう人間とはまた別に、指を触れるだけでスプーンを曲げたり、死んだ人間やペットと話ができたりと、常識では考えられないような超人的な能力を持つ人間が、この世には存在する。  奇跡的な出来事を紹介するテレビ番組などを通じて、そういう人間がいるということは、ある程度は理解しているつもりだった。しかし、そういう人間が自分の人生に関わってくることになろうとは、夢にも思っていなかった。  あの日、壁男が俺の部屋にやって来るまでは。  その夜、俺は翌日締め切りのレポートに必死で取り組んでいた。何度書き直しても結論がまとまらず、溜息をつきながら机に脚を伸ばし、殺風景な部屋の日に焼けて黄ばんだ壁を見つめていた、その時だった。  壁から、突如として男が現れた。グレーのスウェット姿の、背の高い男だ。  それが隣の部屋の住人だと認識するまできっちり三秒間を要した。まるで壁など存在しないかのようにするりとすり抜け、ものすごい剣幕で俺に接近してきたと思ったら、「警察! 110番!」と勢いにまったくそぐわない、息を潜めた声でそう言った。  慌てて緊急電話の画面を表示させたスマホを手渡すと、「あざす!」とまたひそひそ声で言って、ひったくるようにそれを手に取った。 「もしもし、今、部屋に泥棒が入ってきて、とにかくすぐに来て下さい!」  男の言葉に、俺は急いで部屋の窓と玄関の施錠を確認した。
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