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天神駅の改札口前まで、立衛は僕を見送ってくれた。立衛は実家暮らしで、僕とは違う電車で家に帰る。
それじゃ、と手をあげる立衛を強引に引き寄せて、抱きしめる。キスをする。
立衛は驚いて、身体を硬直させている。行き交う人々の好奇の視線も、若い女たちの歓声も、構うもんかと思った。
「最低、」
長い間そうしていて、離れた瞬間、立衛がつぶやいた。
「誰かに見られたら、どうすんの?」
「誰かって誰だよ」
僕を睨み付ける立衛の口先が、不満げに尖っている。
「変な夢見て、不安になるお前が悪い。僕はここにいて、お前を抱きしめたくて、キスしたい。だからそうした。悪いか?」
開き直った僕の態度に、立衛は心底呆れた、というような顔をした。
「こんな僕は嫌?」
「……嫌、じゃない」
そう言って、今度は立衛がキスしてくる。軽く触れるだけの、一瞬のキス。
そのまま振り返って、何も言わずに去っていく。十メートルくらい離れたところで、右手をひらりと挙げた。こちらを振り返りもせずに。
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