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「草間さんのこと、教えてください」
ある晩、壁男は神妙な顔をして、俺に言った。
「……俺、自分のこと知って貰えたことが嬉しくて、ずっと自分のことばかり喋っていたけど、俺、草間さんのこと、知りたいんです」
「……別に、教えることなんてないし」
「だって俺、草間さんのこと、なんにも知らない。下の名前も、好きな食べ物も、何の勉強してて、将来何になりたいのかも、なんにも知らない」
「……どうでもいいだろ」
自分の声とは思えないほどの低い声で、気がつけばつぶやいていた。
その言葉に、壁男が眉をしかめる。
「お前に教える義理もないし……だいいち、お前に興味ないし」
「……」
「帰れよ」
俺の言葉に、壁男が項垂れる。しばらくの間そうしていて、突然顔を上げた。
俺を見つめる瞳が、かすかに揺れていた。
「俺、昔からずっと人に気味悪がられるのが怖かったんです。壁抜けなんかして、気持ち悪いヤツって思われるのが、死ぬほど怖かった」
「……」
「……でも、そんなことより、本当にいちばんつらいのは、興味も感心を持ってもらえないことだって、俺今日初めて知りました」
取り繕うように微笑んだ顔が、泣きそうに歪んだと思った瞬間、「お邪魔しました」とぺこりと頭を下げて、そのまま壁の向こうに消えていった。
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