壁男

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 それ以来、壁男は俺の部屋に姿を見せなくなった。  古いアパートの壁は薄く、隣の生活音は嫌でも耳に入ってくる。壁男の気配をすぐ近くに感じるのに、ノックの音が鳴ることは、もうない。  壁男が壁抜けして来る以前の、平穏な生活に戻ったのだ。よかったじゃないか。  そう自分に言い聞かせ、勉強に集中しようとするも、気がつけば壁を見つめている。ノックの音を待っている自分に気がついて、なんてこったと頭を抱えた。  壁男を拒否したのは自分だ。ひどい言葉で、彼の心を傷つけた。謝らなければという気持ちは、いつも心のなかで重苦しく渦巻いている。  壁に背をもたれる。壁男は、いま何を思って過ごしているのだろうか。もう俺のことなど最低な隣人としか思っていないだろうか。  そんなことを考えて、頭をこつんと壁にぶつけた、その直後だった。  壁をコンコンと叩く音が響く。不意打ちのノックに身を固くした途端、背後にゴンッと強い衝撃を感じた。 「痛って!」 「あっ、すっすみません!」 「謝るのはいいから、早くどけ!」  でかい図体の壁男が馬乗りになった状態で、俺は完全に床に倒れこんだ。  体勢を立て直し、向かい合う。 「すんませんでした。まさか草間さんがあそこに座っているだなんて、」 「……お前、なんで来た?」 「なんでって、さっき草間さんがノックしたんじゃないですか!」 「してねえし!」  ぎっと睨みつけるも、何故か壁男はにやにやと笑っている。
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