3人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「──自殺なんです」
あれから『響』のメンテナンスを終え、巳右は話し始めた。
「姉と私は手紙でやり取りをしていました。姉は古い物事が好きだったので。その手紙に、貴方のことが書かれていたんです。貴方に──恋心を抱いてしまった、と」
『響』を見る度に高揚する気持ち、『響』に触れられる度に感じる気恥ずかしさ、『響』に名を呼ばれる度に嬉しさを覚えた──と。
「しかし、聡明だった姉は、ある事実に絶望を覚えた」
ある事実──人は老いるがアンドロイドは老いない。
「姉は、気付いてしまったんです。貴方を置いて自分だけが時間を刻んでいくことを。そうして、このまま一緒に居続ければ、『響』は自分の老いた姿を映すことになるだろう──と」
だから、老いる前に──若く美しい内に死のうと考えて自殺した。
「そして、貴方は姉の遺体を見つけて──埋めた。それは」
「──彼女がそう望んだから」
『響』は巳右の言葉を引き継いだ。
「彼女は日々、僕に言っていた。『私が死んだら、桜の木の下に埋めてちょうだい』と」
だから、埋めた。
彼女の意のままに。
「それに、彼女はこうも言っていた。『私が死んでも傍を離れないでね』と」
「……姉は、最後の手紙にこう書いていました。『後はよろしくね』と。多分、これは貴方のことだと思います」
死んで老いることは無くなったのだし。
埋められてその姿が映ることは無くなったのだし。
これなら。
これならずっと傍に居られる。
そして。
「そうして貴方がいつまでも傍に居られるよう、エンジニアである私にメンテナンスをお願いした──そういことだと思います」
巳右が言い終えると同時に、一際強く風が吹いた。
桜の花びらが二人の間を駆け抜ける。
「──一つだけ、貴方に確認したいことがあります」
そう言って巳右は『響』から一度、顔を逸らして桜の木を見上げた。
「最初に貴方を見たとき、貴方はとても辛そうな……悲しみに耐えるような顔をしていました。まるで、姉の死を堪え忍んでいるかのように」
一通り眺めて、再び『響』に向き直る。
「……今、貴方がここにいるのは姉がお願いしたからですか? それとも──」
「──己の意思ですか?」
最初のコメントを投稿しよう!