桜の木の下で。

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「──自殺なんです」  あれから『響』のメンテナンスを終え、巳右は話し始めた。 「姉と私は手紙でやり取りをしていました。姉は古い物事が好きだったので。その手紙に、貴方のことが書かれていたんです。貴方に──恋心を抱いてしまった、と」  『響』を見る度に高揚する気持ち、『響』に触れられる度に感じる気恥ずかしさ、『響』に名を呼ばれる度に嬉しさを覚えた──と。 「しかし、聡明だった姉は、ある事実に絶望を覚えた」  ある事実──人は老いるがアンドロイドは老いない。 「姉は、気付いてしまったんです。貴方を置いて自分だけが時間を刻んでいくことを。そうして、このまま一緒に居続ければ、『響』は自分の老いた姿を映すことになるだろう──と」  だから、老いる前に──若く美しい内に死のうと考えて自殺した。 「そして、貴方は姉の遺体を見つけて──埋めた。それは」 「──彼女がそう望んだから」  『響』は巳右の言葉を引き継いだ。 「彼女は日々、僕に言っていた。『私が死んだら、桜の木の下に埋めてちょうだい』と」  だから、埋めた。  彼女の意のままに。 「それに、彼女はこうも言っていた。『私が死んでも傍を離れないでね』と」 「……姉は、最後の手紙にこう書いていました。『後はよろしくね』と。多分、これは貴方のことだと思います」  死んで老いることは無くなったのだし。  埋められてその姿が映ることは無くなったのだし。  これなら。  これならずっと傍に居られる。  そして。 「そうして貴方がいつまでも傍に居られるよう、エンジニアである私にメンテナンスをお願いした──そういことだと思います」  巳右が言い終えると同時に、一際強く風が吹いた。  桜の花びらが二人の間を駆け抜ける。 「──一つだけ、貴方に確認したいことがあります」  そう言って巳右は『響』から一度、顔を逸らして桜の木を見上げた。 「最初に貴方を見たとき、貴方はとても辛そうな……悲しみに耐えるような顔をしていました。まるで、姉の死を堪え忍んでいるかのように」  一通り眺めて、再び『響』に向き直る。 「……今、貴方がここにいるのは姉がお願いしたからですか? それとも──」 「──己の意思ですか?」
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