Topazos

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 周囲に人の目がなくて誰からも咎められなかったことにホッとしながら椅子に腰かけたオレを、優しい声が誉めてくれた。 「良かったじゃん」 「うん」  躊躇いも遠慮もなく、人の目さえも憚らずにぽふぽふと頭を撫でてくれるようになったのは、いつからだろう。  なんとも思われてない──きっと弟みたいな気持ちで可愛がってくれてるんだろうなと思ったら、前はボールと代わりたいなんて思ったくせに複雑な気持ちが勝ってしまう。  そっと心の中だけで溜め息を吐いていたら、頭を撫でていた優しい手のひらが遠ざかって、ほんの少し淋しそうな声がヒソヒソと落ちてきた。 「……今日……」 「うん?」 「来ないかと思った」 「ぇ? あ、そっか。今日、ちょっと遅かったよね。ごめんなさい」 「謝んなくていいって」  勝手に待ってたんだから、と、くしゃっと笑う顔が優しくて痛い。  思わせ振りな台詞、だなんて思っちゃダメだ。  にこにこ笑う優しくて無邪気な顔は、どう見ても弟を優しく包み込む笑顔じゃないか。恋だとか愛だとかそんな風なことはひと欠片も感じない、優しいだけの笑顔じゃないか。  ちょっとくらい自惚れてもいいんじゃない、なんてそんなこと──考えちゃダメだ。 「……司くんは? どう? 受験勉強、進んでる?」 「ん、まぁなんとかね」 「……オレ、邪魔になってない?」  大丈夫? と聞きながら、いっそ大丈夫じゃないと言ってくれた方が諦めがつくんじゃないか、なんて卑屈に嗤おうとしたのに 「邪魔なわけないじゃん。晃太こそ、練習終わりで疲れてるのに大丈夫なの?」 「……っ、大丈夫に決まってるよ」  泣きたいくらい嬉しいのと苦しいのが同時に胸に沸き上がって、一瞬息さえ出来なくなった。  だって実際こないだのテストはめちゃくちゃ良くできたし、このまま頑張れば来年の勉強にもきっと遅れずについていける。いいことしかないよ。  息継ぎさえしないで肺が空っぽになるくらいの勢いに任せて滔々と話ながら、泣きたくて仕方なかった。  ぶちまけたいのは、こんなことじゃない。  司くんが好きって、ただその一言だけなのに。  どれだけ昂っても、大事な一言は喉に引っ掛かって出てきやしない。  恐かった。  先輩・後輩としてさえ後何ヵ月かしか一緒にいられないのに、一歩踏み出した先に道が続いているかも分からないような方向へ闇雲に突っ走るなんてこと、出来るわけがなかった。
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