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噂のあるビル
本社ビルが工事で、幾つかの部署が一時的に他のオフィスビルへ移転することになった。
俺が所属する部署も移転組だったが、自宅からの距離は本社に向かう時とさほど変わらず、別段不満は感じなかった。
でも一緒に移ってきた同僚の何人かは、このビルには妙な噂があると言って怯えていた。
噂では、ここのビルには『出る』らしい。
とはいえ、移転して半月くらい経つが、怪しい体験をしたって話は聞かないし、そもそも俺はこれまで心霊的な経験など皆無だから、噂自体デマだと思ってた。
…でもさすがに、この状況では件の噂を信じない訳にはいかない。
たまたま俺だけが残業をして、オフィスを最後に出ることになった。
戸締りをし、廊下に出る。その瞬間を狙いすましたかのように廊下の明りが消えた。
停電だろうか。だとしたらエレベーターは使えないので、階段で一階まで降りることになる。
疲れているのに面倒だと思いながら、階段に向かおうとエレベータホールに差し掛かった瞬間、ふいにエレベーターの扉が開いた。
電気はまだ消えたまま。いつもならついている小さな常夜灯すら消えているから、停電が復旧した訳じゃない。
でもエレベーターの扉は開いたのだ。ただし中はいつもの十分の一くらいの明るさで、ほとんど窺うことはできない。
ああ…この噂、俺も聞いたことがある奴だ。
深夜に突然の停電が起こるが、何故かエレベーター扉は開く。でもうっかり乗り込むとこの世ではない所へ連れて行かれてしまうって奴。
そんなことがある訳がないと聞き流していたけれど、今まさに、俺は噂の状況に置かれているらしい。
もちろんその噂がなくても、停電しているのに動くようなエレベーターには乗らない。だけど階段も使えないことがこの時点で判明した。
聞いた噂には続きがあって、エレベーターを怪しんで乗り込まず、階段に向かうと、そちらは無限階段になっていて、どこまで下りても、引き返すために上っても、もうまともなフロアに辿り着くことはできなくなるそうだ。
エレベーターは使えず、階段もアウト。だったら非常階段は…ダメだ。思い出せないけれど噂を聞いた気がする。
めちゃくちゃ疲れてるし腹も減ってるけど、部署がある部屋におかしな部分があるって噂は聞いたことがないから、今夜は会社に泊まり込むしかなさそうだ。
噂のあるビル…完
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