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元弘3年5月15日
「逃げろ」
目を覚ますと、甲冑姿の侍がいた。
オレと母ちゃんは、恐ろしくて何も声が出なかった。
まだ若いその侍は、いらいらした声でもう一度言った。
「早く逃げろ。火の海になるぞ」
戦が、多摩川まで来ていることは知っていた。
けれど、もう、戦逃れの辛さは、オレと母ちゃんは骨の髄まで知っていた。
前の戦で逃げた時は、とうちゃんだって一緒だった。
でも、どこに逃げたって、
よそ者を快く受け入れてくれる場所なんてないんだと、
まだチビながらもオレだってよく分かってる。
だから、水争いの鉄火偽証には父ちゃんが差し出され、
挙句に多摩川の人柱に埋められたんだ。
オレとかあちゃんは、本当に息をひそめるように、
ただ、毎日を目立たないように、この場所で生きて来たんだ。
その場所さえも火の海になるらしい。
「隠れたり休んだりしている北条勢を、みな焼き払う。明日の朝だ」
忌々しげに、若侍は言った。
「ああ、もう。なんでこんなガキとばばを助けなきゃ行けないんだ。
ばれたら、オレが殺されるのに」
どうやら、侍は、命がけでオレたち母子を守ってくれているらしい。
ようやく、かあちゃんが声を出した。
「私は、この子の祖母ではござりませぬ。母でございます。
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