なりすましのヘイト

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 対して、高橋英吾の態度はあまり褒められたものではなかった。高橋は、十分ほど遅れて、五階の住民が話しているときにやってきた。大きな音を立ててドアを開け、乱暴な動作で椅子に座り、マイクが回ってくるといかにも面倒くさそうに舌打ちし、もったいぶった間を取ってから答えた。  英会話教室を経営している玲子が帰宅したのは午前一時すぎだった。高橋も一時前後で詳しい時間は覚えてないといった。二人は共に集合ポストは見なかったと答えた。玲子は友人と電話していたからといい、高橋は早く寝たかったからだといった。  住民の中で、最後に集合ポストを確認したのは私だった。  一番最初に手紙を見つけたのは五十がらみの女性で、時刻は五時半だった。もっとも女性はダイレクトメールの類だと考え、中身は見ずに捨てたといった。  問題の手紙は、午前零時から午前五時半の間に投函されたのだろうということで、意見は一致した。 「だからわしは危ないと日頃からいっておったんだ」役員の一人がいった。「エレベーター脇の非常口を開けておいては危険だと」  共有のゴミ捨て場は、小さな小屋のようになっている。小屋は一メートル五十センチほどの高さで、通りから平らな屋根を伝って、乗りこえることが可能だった。屋根をこえると裏庭に出る。裏庭にあるのは掃除道具が置かれている倉庫で、その倉庫を過ぎ、裏庭を突っ切ると非常口に出られた。オートロックの番号を忘れたり、間違えたりしたときには便利な通路だ。マンションの住民なら誰でも知っていることで、私も酔ったとき、何度か使ったことがある。クレジットカードの暗証番号に誕生日を使うのと同じで、物騒ではあるが利便性の高さから黙認されていた。非常口は閉めておくべきだという意見が通っても、いつの間にか誰かが鍵を開けていて、そのまま放置され続け、物騒だと唱えた人物がそこを使ってマンションに入るところを目撃されたこともある。  犯人はこのルートを通って手紙を投函したのだろうと結論がくだされ、非常口は閉ざすべきだとさきほどと同じ役員が口にした。別の役員はこうした手紙が投函され続けると資産価値が低くなると断言した。
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