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けれど、見落としたのかもしれないと思うと眠れなかった。本の入った封筒を見落とすなどあり得ないことだったけれど。こんな夜中にのこのこ確認にくるなんて、自分でもどうかしてると思いながら、ダイヤルに手を伸ばした。右回しで七に二度合わせ、左回しで二に合わせて、扉を開ける。中を凝視した。
細長い箱型の内部は一センチほどの縁があり、新聞を引っ張り出しても他の郵便物が滑り落ちることはない。三か月前に新しくなったばかりだ。もとは中身の見える粗雑なつくりだったが、郵便物の紛失を訴える住民がいて、新しく買い替えた。幅は四十センチ、奥行きは二十センチで、高さは三十五センチ。A4の封筒でもすっぽり収まるサイズだ。だから、内部が空っぽなのは本が届いてないからで、誰かに盗まれたとは考えられなかった。
ぴかぴかの四角い空洞を眺めたまま、ため息をついた。
ミステリの短編賞を受賞した《彼》の第一作。そのサイン本を予約していた。
《彼》は受賞の前からツイッターをやっていた。私自身も作家を目指していることもあり、二年ほど前からネット上で言葉を交わすようになった。どんな本を読むか、どこに応募したか、はたまたどんな食べ物が好きで、どんな女性が好みか。私たちは互いに驚くほど、ことごとく好みが違っていた。それでも不思議と気が合った。一度、実際に会って話したこともある。
八ヶ月前に《彼》は受賞し、先月になって処女作の発売が発表された。私はお祝いのつもりで、出版社のサイトでサイン本を予約した。本当なら真っ先に感想を伝えたかったのだが、私には誤解があった。
サイン本の発送は、書店の店頭に並んだ後に行われるものらしい。
よくよく考えれば当たり前なのかもしれない。著者がサインし、出版社が発送する手間がかかっているのだから、当然そうなるのだろう。しかし、私はなんとなく書店よりも先に自分の手に届くものだと思っていた。サイン本を注文したことは秘密にしていた。
短編集が発売されると、《彼》のネット上の友人たちが、次々に感想のコメントを送っていた。私だって心の底から応援しているのに、いまだにそこに参加できないのは心苦しかった。まだ届いてないだけなんだと弁明したかった。
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