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「みんなに配ったみたいですね」
皆実が手紙をひらひらさせていった。目は足もとに向けている。視線を追ってポストの下を見た。いつもならチラシやダイレクトメールしか入ってない段ボール製のゴミ箱は、封筒と手紙で埋め尽くされていた。嗚咽を漏らす声がして振り向いた。ピンクのスカートをはいた幼い女の子連れの母親が、口元に手をあてむせび泣いていた。まだ若い女性だった。泣き顔に歪んでいなければ、端正な顔立ちだろうと思わせる。娘は母を不思議そうに眺め、どうしたのかと問うように、何度も繋いだ手を引いていた。集団の中央にいた年配の女性が母親の背を撫で、落ち着いてと低い声で囁いた。
「これって変ですよね、小岩井さん」
皆実は手紙を手にしたまま、首をひねっていた。
「きっと、書いた奴は、頭がいかれてるんだ」
「もちろんそうなんですが」まだ手紙を見ていた。「どうして犯人は、わざわざ手紙を封筒に入れたのに、郵送にしなかったんでしょうね? 名前なら郵便受けに書いてあるのに」
言われて私は封筒に目を向けた。皆実の言葉通り、封筒には切手が貼られてなかった。
どうして犯人は、手紙を封筒に入れたのに、郵送しなかったのか。
皆実の疑問を反芻するうち、気がつくと私は、《彼》ならこの手紙にどう対処するだろうと考えていた。
2
「旅行会社からの案内と一緒に入ってました」
私の隣で、マイクを持った琴宮あかりが答えた。あかりは702号室に住んでいて、時折挨拶することはあったが、こうして間近に見るのは初めてだった。二十代後半で、黒のぴったりしたTシャツに、黒のショートパンツ。栗色に染めた肩までの髪と、優美なカーブを描く鼻が魅力的だった。横顔美人というのはいるんだなと思っていると、住民と向き合うように座った役員の一人がマイクを手にした。五反田だ。
「その案内はいつごろ届いたのかわかりますか」
「わかりません。あたし新聞とってないし」あかりはいった。「昨日は帰りも遅くて、チェックしてなかったんです。後でいいかなと思って。面倒臭いんですよね、あの鍵」
あかりの答えに笑いがさざ波のように広がった。理事が咳払いして、何時くらいに帰ったのか問い、あかりは十時くらいですと答えた。
「それより、こういうのって警察がやってくれることなんじゃないんですか?」
そうよ、という声が聞こえた。私も内心うなずいていた。
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