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コーヒーの手渡しは、地味にコンビニ店員の小さな負担になっている。今はどこもセルフでしょ、と清隆に言われた光太郎は、セルフも手渡しも両方やる、そもそも手渡しをするところだから、このコンビニチェーンを選んだんだと反論した。
楽して生きたいは光太郎の信条ではあるが、人間のいないコンビニなんて無人駅より薄気味悪いと思っていた。接客以外の作業は合理化してもいいが、客と触れ合う機会を減らしてしまったら、従業員はいらなくなる。それどころか、コンビニ自体存在意義がなくなる。
「コンビニには従業員がいる。だから、夜中でも人はコンビニに立ち寄るんだ。人のいない店に客は立ち寄らない」
「うわあ、世の中、あれこれセルフ化が進んでいるのに、それを全否定するんだね」
清隆は茶化すように言ったが、光太郎の言い分にも思うところがあったらしく、ふむふむと頷きながらコーヒーをすするという器用なことをやりつつ、言葉をつづけた。
さらに器用なことに、耳にはイヤホンを付けてスマホで携帯の無料TV番組を見ながら、画面を高速タッチして何事かをTwitterに呟いていた。
何でも、事務所と対立してテレビを干されかけている中年アイドルを応援したいらしい。
番組の内容もそっちのけで、オレンジのエプロンの下にメタリックのシルバースーツに着られた優男が高速タッチで、自分より年上の同性アイドルを応援してるなんて何処か病んでいる。
時間も時間だ。深夜の3時。客のいない時間帯の欠伸をかみ殺すための暇話だ。
「手間を惜しめば、そりゃ仕事も少なくなるだろうけど、人を雇う必要もなくなるもんな。一人でできる仕事がいいなら、コンビニ店長なんてならないわけだ」
そう、俺は寂しがり屋なわけですよ、と光太郎は清隆の理屈を心の中で認めた。大勢の中で気を遣いながら仕事をするのは嫌だけれど、人の顔を見て生きられる仕事がしたかった。
「キヨだって、家庭教師やっているんだから、同じことだろう」
「確かに言われてみれば、俺も直接客と会う仕事ばかり選んでいるかも」
時代に逆行しているよな、と光太郎の意見にあっさり翻るあたり、清隆はいい加減な男だ。だが、そのいい加減さが光太郎と良いバランスを作っている。
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