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序章 帰郷
「帰ったら一週間もしないうちに初雪が降るんだよ、越後妻有は。」
送って行く、このまま一緒にこのあずさ2号に乗って・・、
そんな衝動を私は抑え切れずにいた。
言葉にはならないそんな私の想い。
けれど・・
「嬉しいけど母ちゃんの泣くとこ見せたくないし」
まゆさんはいつもと何も変わらず、顔に笑みさえ浮かべてそう言った。
「何も変わらないよ、あなた達は。私がいなくなっても」
彼女はいつもそう。自分の存在を否定したところから話しを始める。
心ではこれっぽっちもそんなことは思ってないくせに。
「誰も来ないね」
「言うてないねんから、来れるわけないし」
「そうね」
「言わないでって言うたんもあんたやろ」
いつもの会話いつもの言葉
この人が見ているものを私達はいつもその瞳で推し量ってきた。
その言葉で惑わされてはダメ。
綾部まゆから出る言葉は単なるあくびとそんなに変わらない。
「これは彩香が持ってて」
それは手元に一冊しか残っていないはずのまゆさんの詩集だった。
「取りに帰って来るから・・必ず。だから持ってて彩香が。」
扉が閉まるまでの数十秒、その詩集を握りしめたまま私はもう何も言えなかった。
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