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女の子同士なら、学校の中で抱き合っても叱られないのよと、千代先生は言った。
先生はまだ女の子なのと聞くと、女の子はいくつになっても女の子なのと言われ、そのままわたしの口にさしこまれた千代先生の人さし指と中指が、女の子云々の問答をできなくしてしまった。
わたしの舌を指先で丹念になめながら、千代先生は首筋にそっとくちびるを当てた。
びりびりと来る。
なにかを意識的に考えていないと、声が、だれかに聞かれてしまう声が、解き放たれてしまいそうだった。
体中の経絡がいっせいに電気を放出し、千代先生とわたしの境界を曖昧にしてゆく。
自分の高校の、屋上の階段だった。
卒業式を休んでしまったわたしのために、校長先生が卒業証書を手渡してくれた春休みの三日目、わたしと千代先生は叱られないかどうか分からないことをしている。
分からないとうそぶいても、叱られるべき行為だということは分かっている。
その叱られそうというスリルと、わたしの優等生をどこかで壊してくれる電撃が欲しいという欲求が、恋びとの女の子と疎遠になった千代先生の感傷と混ざり合って、校庭に男子サッカー部の声が響く、事務員さんが回ってくるかもしれない、吹奏楽の遠くに聞こえる校舎内で、女の子同士の、どこまでも清純かもしれない、念願の破裂となって、身体をとろけさせている。
「先生、好きなひと、いるんでしょ」
耳たぶを甘噛みされながら聞くと、
「いまはすずめさんのほうがすき」
ひらがなのようなすべっこさで答えた。
千代先生の左手の指はわたしの右耳の穴をさぐり、右手は制服の下、わき腹を、ふれるかふれないかの距離で、じらす。
「いまって、いつまで?」
階段に仰向けになって、段々の角を背中に感じながら、わたしはされるがままに、身をゆだねた。
「さいごまで」
「さいごって、なに?」
「すずめさんのおなかの、底の底に、ぐっと力が入って、なにも考えられなくなって、頭と背中が、弓のようにそり返って、大きな呼吸といっしょに、全身の力が、一気に抜けるとき」
「そこまで、いくの?」
「いってもいいの?」
「いっちゃったら、もう、先生はわたしのこと、すきじゃなくなっちゃうの?」
わたしは悲しくなってしまった。
千代先生の右手が、背中をなで、左手が、髪をとかし、くちびるが、頬を、まぶたを、息を、のみこんでしまうのと、いっしょに、悲しみがやってくるのだ。
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