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「大学行くの、あたし」
先生はわたしの眼を見返して言った。
「四月から、すずめさんと同じ、大学生」
先生の眼はわたしから逃げなかったけれど、信じられなかった。
高校教師六年目の千代先生が、どうしてわざわざ大学に入りなおすのだろう。
「小学校の教員免許を取るんだ」
先生はうっとりしたように首をかたむけて、わたしの髪をゆっくりとなでた。
「しょうがっこう」
わたしは先生の言葉を繰り返すことしかできなかった。
「高校にいると、困るじゃない」
「こまる?」
「好きになっちゃうから」
先生の眼はさびしくて、切なくて、優しくて、幼かった。
わたしは少しの間、視線をからめてから、先生と長い長い口づけをした。
こんなことしてたら、大学生にも、小学校の先生にもなれないよ。
この学校の全部の保護者に、あやまらないといけなくなるよ。
そんなことになってもかまわないくらい、いままでいい子だったの?
ずっと、がまんしてたの?
いい子なのは、いけないことなの?
いい子だって、わるい子ばかりじゃないんだよ。
いい子にだって、いいところはたくさんあるんだよ。
見つけてくれるひとは、いるんだよ。
だって、千代先生、わたしを見つけてくれたんだから。
……。
わたしだって同じだ。
先生になるんだ。
千代先生を、見つけたんだ。
今日、ここで叱られるわけにはいかない。
見つかるわけにはいかない。
長いキスが終わった。
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