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「昔はなあ、一度、愛を誓い合った者同士は簡単に離婚だー別居だーってのはなかっただろう?それが今やホイホイっとやれ不倫だ、浮気だとなあ。まあそんなご時世じゃ、父ちゃんと母ちゃんもしょうがないのかとも思うが…」
ガブさんは、お酒が入ると僕には難しくてよくわからない事を言う。でも多分いずれ解る日が来て、僕もそれに振り回されるようになるのだろう。
僕は父ちゃんの息子なのだから。
「ところで、父ちゃんはどうしているんだい?またのんだくれて寝てるのかい?」
赤い顔でガブさんが僕に聞く。
いつもはそんな事聞かないけれど、今は二月。
そろそろガブさんが例年どおり父ちゃんに仕事をくれる時が近づいている。
次の日、学校から帰ると、父ちゃんが珍しく飲んでいない。
「おい、俺の仕事道具はどうした?」
と、僕に聞く父ちゃんは、いつもの飲んだくれではなく、まだ母ちゃんが出て行く前の颯爽とした父ちゃんだった。
「押入れに、ちゃんと閉まってあるよ。」
父ちゃんは僕が言い切る前に押入れに向かい、何やらごそごそと始めた。
「あー、全く!ミカはこう言うところが大雑把なんだよな、弦が伸びちまってるじゃねえか。」
僕の好きな父ちゃんが帰ってきた。
すべりのわるい引き戸が苦しそうに開き、ガブさんが顔を出した。
「おう、キューさん、準備は進んでるかい?」
「おう、ガブさん、俺を誰だと思っていやがるんでい?」
振り向きもせず、父ちゃんが答える。
「腕が鈍ってるなんてこた、ねえだろうな?おい?この日だけは昔も今も変わらずあんたの技が必要なんだからよ?ぼんも心配してんだし、あんまり飲みすぎちゃならねえぜ?」
戸に寄りかかっていたガブさんの耳の横すれすれに父ちゃんの放った矢がささり、やがて淡いピンク色のハートとなって消えた。
「さっきも言っただろうがよ?俺を誰だと思ってるんでえ?」
そんな危ないことをされても、ガブさんは笑っていた。
僕も笑った。
「昔は、恋にもっと重みがあってあんたの…恋のキューピットの仕事も忙しかったが、今は皆簡単にねんごろになって、他に良いのがいたっちゃー別れちまってなあ。世知辛くなっちまったよ…それでも明日だけは昔と変わらずあんたの技量が必要だ。例えただの約束事だったとしても、なあ?」
明日は2月14日。
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