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そこに、かいがいしく皿洗いや、掃除をする智之がいる。
自分が知らない、息子の姿がだんだんと増えていく。不安と寂しさと、焦りで胸がいっぱいになった。
あの家は、弓香と智之だから、過ごしやすかった。
自分にとっても、洋司にとっても。
でも、今は居心地が悪い。
お金を出したのも、建物を選んだのも、家具を与えたのも、私たちなのに。
なぜ、私たちは追い出されそうなの。
弓香さんは、いやいやながら受け入れてくれたのに。
だから、また私たちを家に入れて。弓香さん、どうか。
ぐるぐると、頭のなかでいろいろな言葉が、ものが、そして美智佳の笑い声が混ざって、佐代子はうつむいた。
優しいけれど、どこか頼りなく、流されやすい智之。
幼い頃から、どこか口数も少なくて大丈夫だろうかと、常に心配していたのに。
女性と交際しているという報告もなく、いかがわしい店に行っている形跡もない智之に、不安を抱いたこともある。
もしや、女性を知らないまま、過ごしているのじゃないかしら。
いちどだけ、年頃になったとき、智之の部屋にあるゴミ箱を、こっそりとあさったことがある。自慰した形跡や、避妊具などがないかと。がさがさと探っていて、ふと我に返って、やめた。
結婚してからも付き合いがある女性に、子供までいたなんて。
最初から、話してくれたらよかったじゃない。
思わず声を荒らげた佐代子に対し、もう弱々しさも、頼りなさもどこかへ捨ててしまったらしき智之は、こう答えるだけだった。
「母さん、最初から、俺の言い分も考えも、聞き入れなかったでしょ」
美智佳は、それを見て、哀しそうに目尻をさげた。黎太郎をだっこしながら。
以来、佐代子はあの家から遠ざかっている。
たまには遊びにきてください、という美智佳の「明るい優しさ」まで、突っぱねて。
居心地が悪くなった家を、とり戻したく、かつて住人だった弓香をたずねてまでも。
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