カモミール1

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そこに、かいがいしく皿洗いや、掃除をする智之がいる。 自分が知らない、息子の姿がだんだんと増えていく。不安と寂しさと、焦りで胸がいっぱいになった。 あの家は、弓香と智之だから、過ごしやすかった。 自分にとっても、洋司にとっても。 でも、今は居心地が悪い。 お金を出したのも、建物を選んだのも、家具を与えたのも、私たちなのに。 なぜ、私たちは追い出されそうなの。 弓香さんは、いやいやながら受け入れてくれたのに。 だから、また私たちを家に入れて。弓香さん、どうか。 ぐるぐると、頭のなかでいろいろな言葉が、ものが、そして美智佳の笑い声が混ざって、佐代子はうつむいた。  優しいけれど、どこか頼りなく、流されやすい智之。 幼い頃から、どこか口数も少なくて大丈夫だろうかと、常に心配していたのに。 女性と交際しているという報告もなく、いかがわしい店に行っている形跡もない智之に、不安を抱いたこともある。 もしや、女性を知らないまま、過ごしているのじゃないかしら。 いちどだけ、年頃になったとき、智之の部屋にあるゴミ箱を、こっそりとあさったことがある。自慰した形跡や、避妊具などがないかと。がさがさと探っていて、ふと我に返って、やめた。 結婚してからも付き合いがある女性に、子供までいたなんて。 最初から、話してくれたらよかったじゃない。 思わず声を荒らげた佐代子に対し、もう弱々しさも、頼りなさもどこかへ捨ててしまったらしき智之は、こう答えるだけだった。 「母さん、最初から、俺の言い分も考えも、聞き入れなかったでしょ」  美智佳は、それを見て、哀しそうに目尻をさげた。黎太郎をだっこしながら。  以来、佐代子はあの家から遠ざかっている。  たまには遊びにきてください、という美智佳の「明るい優しさ」まで、突っぱねて。  居心地が悪くなった家を、とり戻したく、かつて住人だった弓香をたずねてまでも。
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