カモミール1

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弓香が住んでいるマンションは、自分と洋司が買い与えた家よりもはるかに狭く、ぴっちりとしていて、隙間がない。 新しいらしく、建材が出す化学製品みたいな、つんとしたにおいが鼻を刺激する。 狭い玄関には、弓香の靴しかない。スリッパも二対ぐらいで、余分はない。絵や花なども飾っていない、殺風景な玄関に、色あせたカレンダーだけがかかっている。  化粧室はユニットバスだし、コンロも五徳が一台だけ。あとはリビングで、寝室と兼用なのかベッドもおかれている。折り畳み式テーブルの上には、雑誌と文庫本。窓際にあるデスクにはノートパソコンと鏡。床に直置きされた、コスメケースに服がむき出しになった引き出し付きハンガーラック。量販店で揃う安物ばかりで、高級家具店で購入した、あの家にあるクローゼットやベッド、ドレッサーとはなにもかも違った。 人間ひとりが、暮らしていくにはこれが十分な面積なのだろうか。 一戸建てしか住んだ経験がなく、またシティホテルみたいな閉鎖された空間が苦手な佐代子にとって、弓香が生活する場所は珍しく、こんなところで満足できるのだろうかと、首を傾げそうになってしまった。 「あの、さっきから私の部屋、じろじろ見ないでくれます?」  弓香に注意され、佐代子は再び、マグカップへ視線をおろした。苦手な、カモミールの香りがして、両手で鼻を覆った。 じろじろ見てしまうのは、自分の悪い癖だ。洋司にも、注意される。 仕方がない。娯楽が少ない場所で、長年過ごしてきたせいだ。 珍しい対象を見つけると、凝視したり、触れたりしてしまう癖がある。 「ごめんなさい、なんだか、見慣れない環境で……」 「一戸建てより、掃除も楽ですよ。気に入ったものに囲まれて暮らしていますから、快適ですし。あの家と違って」 「どうして?二階建てで、子供部屋も作ってあげて、バスルームだってジャグジーつきバスタブがいいんじゃないかって、お父さんが決めてくれたのよ?」  作ってあげた。決めてくれた。押し付けがましい言葉が並び、弓香は眉間にしわを寄せ、口角をさげた。 結婚式の写真と、同じ顔になっていた。
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