カモミール1

2/16
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
ねえ、弓香さん。やっぱり戻ってきて欲しいんだけど。 都内にある、ほぼ新築のワンルームマンションで一人暮らしをはじめた弓香のもとに、佐代子が約束もなくやってきて、すがるような目つきを向けて切り出した。 薄桃色のアンサンブルニットは、弓香がネットショッピングのポイントで買って、母の日にプレゼントしたものだ。気に入っているらしく、よく着ている。そのせいで、肩や肘に毛玉ができている。すそもほつれており、うすいシミも、ぽつぽつ散っている。 着てくれていることに、弓香は別に、うれしさを感じない。 佐代子のために散財したくなくて、ポイントで買った。 弓香が自分を好いていない、苦手であるということを、佐代子はぜんぜん気付いていないようで、そんな表情にいつも、むかむかしていた。 佐代子は、離婚した元夫、庄司智之の母親である。 わずか二年の結婚生活で、楽しかった時間は少しもない。ときめきなど、かけらもない。 見合いの席で初めて顔をあわせた智之は、なんだかモッサリとした男で、優しいというよりも自分の意見がなく、ただ寝癖がある頭をなでつけては、へらへらしてやり過ごすような男だった。 はっきり言えば、弓香にとっては「頼りない存在」にしか思えなかった。 父親同士が、高校の同級生だからということで会ってはみたものの、挨拶もなく、言葉もすくなく、時折「うん、うん」と首をふるだけ。 盛り上がっていた双方の両親、とくに父親同士と比べて、弓香はすっかり冷めてしまっていた。即座に「断ろう」と思い、両親に相談もした。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!