カモミール1

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 仕方なくはじまった、結婚生活。 仕方なく帰る家、詮索しに毎日来る義両親、頼りない智之。  とてもじゃないが、愛する夫とは言えない存在。いや、同居人でじゅうぶん。  弓香は思い出すだけで、あの時間を返して欲しいと、唇をかんだ。  思い出したくないのに、思い出し、思い出すほど、苛立ちが増した。  あの二年間は、無駄遣いしかしていない。お金も、時間も。  定期券だって、会社で支給される交通費の上限を上回っているから、一部を自腹で出さなきゃいけない。実家にいたときは、全額支給でじゅうぶん、購入できたのに。  料理もそう。作ったって、佐代子がなにか持ってくれば智之は、「こっちがおいしい」と箸をつけて、薄味で素材の味をいかそうと弓香が作ったものは「まるで病院食ね」と鼻で笑われ、醤油をどばどばかけられた。塩辛くて、悔しくて捨てた。  冷蔵庫は、佐代子が作った常備菜などに場所を奪われてしまった。  ここには、どこにも私がない。 弓香は窮屈で、息苦しくなった。  毎日が、まるでワンサイズ小さい服を着ているように。    セックスもなく、会話も続かない男女が、一緒に暮らしていても無駄な時間ばかりが、どんどん過ぎてゆく。 今では、二年間ともに暮らしていたにもかかわらず、智之の顔が思い出せない。 どんな声をしていたかも、思い出せない。思い出したくないのかもしれない。 追い詰められる自分をへらへらと笑って、適当に姿を消して、子供がどうの、孫がどうのって急かされる立場も全部背負わせて、周囲へ依存していた男。別れて正解だと、友人は慰めてくれた。あんな奴、弓香には似合わない。自分がない人間は、抜け殻だ。 抜け殻にされかけて、逃げたくて仕方なかった。今がどんなに幸せか、かみしめていたい。ようやく解放され、一人っきりでいる時間が嬉しくて、これから本でも読もうかと電気ケトルに水を入れて、沸かしていた最中だったのに。 佐代子が、どんよりとやってきて、壊してくれた。  なんてタイミング悪い女だと、もじもじしながら、「戻ってきて欲しい」と述べる佐代子を、弓香は睨んだ。
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