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「怖い顔しないで、お願いよ……」
「突然やってきて、戻ってきて欲しいって……ずいぶん調子がいいんですね」
調子がいい。そうだ、本当に調子がいい。
弓香は、自分で選んだ言葉がぴったりだと感じた
結婚当時、佐代子にはほとほと疲れていた。息苦しさの元凶は、ほとんどが佐代子だったからだ。
弓香が帰宅する前から家に居座り、勝手に台所を使って料理をし、カロリーが高い揚げ物や焼き肉、濃い味付けが多い総菜を作られたこともある。
使ったフライパンや、鍋を洗うのはいつも、佐代子の役目だった。
義父だった洋司もつれて、やってくるときは更に苦痛だった。
禁煙だと何度言っても受け入れてくれず、自前の灰皿を持ち出してタバコを吸い、「夜はどうなんだ」とか、「ちゃんとしてるのか」とか、あからさまな言葉をぶつけてくる。
智之は、「心配しているんだから」とか「もっと優しくしてくれ」なんて言いながら、注意しようともしない。
時には、「コンビニへ行く」なんて嘘をつき、席を外す。集中攻撃を受けて、辟易するのはいつも、弓香だけだった。
頼られても、自分は戻る気などない。
だって、あそこにはもう、新しい住人がいるじゃないか。
智之と、浮気相手と、その子供が。
いまはすっかり、おさまっているくせに。
結婚して二年が過ぎた、まだ残暑が残る、九月半ばの頃だった。
両親と、弓香に会わせたい相手がいるから集まってほしい。
珍しく、まっすぐなまなざしで話してくれた智之は、いつもと違って凛々しかった。
そして、美智佳がやってきた。
象のような大きい足音と、甘いスイーツ系香水のかおりをふりまいて。
「初めまして、鈴木美智佳です。ほら黎太郎、あいさつして」
今でも、美智佳と初めて会った時のほうがはっきりと、思い出せる。
ターコイズブルーの丸襟ブラウスに、朱色のフレアースカート、ミントグリーンのイヤリングとセットになっている大ぶりなストーンが連なるネックレス、足下は黒にラメが入ったトレンカにショッキングピンクのハイカットスニーカーという出で立ちであらわれた美智佳は、真っ赤な口をにかっとあけて、笑顔を見せたのだ。
圧倒されて、弓香も引きつりながら笑顔を返した。
そんな美智佳の後ろには、引っ込み思案そうな男の子が、そろりと顔をのぞかせながら、おびえるように見上げていた。
息子の、黎太郎だった。智之と、美智佳のあいだにできた子供だった。
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