カモミール1

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美智佳は初対面にも関わらず、つけまつげがバサバサと音をたてそうな両目でじっと弓香を見ると「あとは私に任せてください、だいじょうぶ」と胸をはって言ったのだ。 その姿に、弓香が抱えていたもやもやした、重苦しいものが、すっとかき消された。 黎太郎が「パパ!」と叫び、智之に抱きついた姿も、かわいらしかった。 普通に愛し合って、結婚した男女なら、美智佳は「憎むべき浮気相手」だし、黎太郎は「いやしい隠し子」かもしれない。しかし弓香にとっては「ようやく、解き放ってくれた」という感謝しか、美智佳にはない。 連絡先は知らないが、底抜けにまぶしい服装が、彼女を物語っている。 両親も、佐代子も洋司もうろたえたが、離婚する方向で話はまとまった。 智之は、へらへらしながらも、美智佳にたしなめられ、すべてが終わったのだ。 あんなに、強くて派手で、おもしろい女を見たことはない。 荷物をまとめて、あの家を出て行くときも、目がちかちかするような蛍光オレンジのジャージを着て、「よいしょ、よいしょ」とかけ声を出し、手を貸してくれたのも美智佳だけだった。 お元気で、と見送ってくれたのも美智佳だった。 黎太郎が、小さい手を振って「バイバイ」と傍らでいてくれたことも、いい思い出になった。 あの家で唯一、美智佳との出会いが楽しいエピソードとして、刻まれている。  しかし、目の前にいる佐代子にとって、美智佳はプラスになる存在ではないようだった。わざわざマンションまで出向いて、戻ってきて欲しいなんて、懇願するぐらいだから。  弓香は、二、三度深呼吸をし、佐代子に訊いた。 「戻ってきて欲しいって、どういう意味ですか?」 「なんだか、息苦しいのよ。美智佳さんといると……わからないかしら?ほら、あの性格でしょう?押し切られるし、底抜けに明るいし、疲れちゃってね。智之とも仲が良くていいのだけれど、服も派手だから、目がちかちかしてきてしまうの。年のせいかもしれないって、お父さんに言われたけれど、それだけじゃないような気がして、たまらないわ」 「それで、私が戻ってきたほうがいいなって、そう思うんですか?」  佐代子はこくり、とうなずいて、ため息をついた。
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