カモミール1

8/16

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
どうぞ、と差し出したマグカップに、苦手なカモミールティーが入っているから「早く出ていけ」と弓香はほのめかしたつもりだったが、周囲が見えておらず、心が先走り、妙な願い事をしにわざわざ来た佐代子には通じないようだった。 「ごめんなさい、カモミールティーは嫌いなのよ。前にも言ったでしょう?美智佳さんも、身体にいいから、温まるからって飲ませようとするから、ますます嫌いになっちゃったのよ。ねえ、お白湯でもいいのよ。いただけないかしら」 「すいません、これでお湯が切れちゃって……」 とっさに嘘をついた。 本当は、ケトルのなかにマグカップ一杯分ぐらいは残っている。 長居されたくない。ここにいさせてとか、泊めてほしいとか頼まれたら、敵わない。これ以上、佐代子にはかかわりたくなかった。 手に入れたものを、奪われたくない。 踏み込まれる生活は、うんざりだ。 「今は、お付き合いしている人とか、いらっしゃるの?」  佐代子の問いかけに、弓香は眉間に皺を寄せる。  家族なんだから、もう義理の親子なんだからと、ずかずか入ってくる姿勢も発言も、なにひとつ、佐代子は変わっていない。がっくりしながら、弓香は答えた。 「あいにく一人ですよ。男性とは、付き合う気はしばらくありません。それとも……いなかったら、戻って来いとおっしゃるんですか?」 「そうじゃないけど……、なんだか、貴女といた暮らしが懐かしくて」  ふん、と弓香は鼻で笑った。 「私は、不快でした」  はっきりと答えた弓香の言葉に、佐代子はびくっと、肩をふるわせた。 「智之さんと、美智佳さん、そして黎太郎くんが暮らしている家なんですよ。居心地が良い、悪いはそこに住んでいる家族が、抱える問題ですよね。勘違いしていませんか?」 「勘違いなんて、冷たいこと言わないでよ。だいたい、名義はお父さんだし、あの建売住宅にしようって決めたのは私なんだから……嫌なところがあれば、なおすから……」 「決めてほしいって、誰か言いましたか?」  弓香は佐代子の前でマグカップを口元へ持っていき、カモミールティーを飲んだ。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加