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どうぞ、と差し出したマグカップに、苦手なカモミールティーが入っているから「早く出ていけ」と弓香はほのめかしたつもりだったが、周囲が見えておらず、心が先走り、妙な願い事をしにわざわざ来た佐代子には通じないようだった。
「ごめんなさい、カモミールティーは嫌いなのよ。前にも言ったでしょう?美智佳さんも、身体にいいから、温まるからって飲ませようとするから、ますます嫌いになっちゃったのよ。ねえ、お白湯でもいいのよ。いただけないかしら」
「すいません、これでお湯が切れちゃって……」
とっさに嘘をついた。
本当は、ケトルのなかにマグカップ一杯分ぐらいは残っている。
長居されたくない。ここにいさせてとか、泊めてほしいとか頼まれたら、敵わない。これ以上、佐代子にはかかわりたくなかった。
手に入れたものを、奪われたくない。
踏み込まれる生活は、うんざりだ。
「今は、お付き合いしている人とか、いらっしゃるの?」
佐代子の問いかけに、弓香は眉間に皺を寄せる。
家族なんだから、もう義理の親子なんだからと、ずかずか入ってくる姿勢も発言も、なにひとつ、佐代子は変わっていない。がっくりしながら、弓香は答えた。
「あいにく一人ですよ。男性とは、付き合う気はしばらくありません。それとも……いなかったら、戻って来いとおっしゃるんですか?」
「そうじゃないけど……、なんだか、貴女といた暮らしが懐かしくて」
ふん、と弓香は鼻で笑った。
「私は、不快でした」
はっきりと答えた弓香の言葉に、佐代子はびくっと、肩をふるわせた。
「智之さんと、美智佳さん、そして黎太郎くんが暮らしている家なんですよ。居心地が良い、悪いはそこに住んでいる家族が、抱える問題ですよね。勘違いしていませんか?」
「勘違いなんて、冷たいこと言わないでよ。だいたい、名義はお父さんだし、あの建売住宅にしようって決めたのは私なんだから……嫌なところがあれば、なおすから……」
「決めてほしいって、誰か言いましたか?」
弓香は佐代子の前でマグカップを口元へ持っていき、カモミールティーを飲んだ。
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