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佐代子は、再び黙ってしまった。
頼めるような、立場ではない。
それは、痛いほど佐代子自身がよく知っていることだった。
かつて当事者だった弓香と、息子の智之をまるっきり無視して、夫の洋司としてきたことがきわめてみっともなく、いやらしく、傷つける行動ばかりだったかを目の当りにさせられる。
近所でも「無理やりに見合いさせて、くっつけて、結局外に女と子供がいた、ふしだらな息子の母親」と噂されて、しばらく歩けなかった。
そうだ、無理やりに一緒にさせた。
改めて、いや落ち着いて考えればわかることだった。
今でも、二年前に挙げた結婚式の写真は、佐代子がいちばん目につく玄関の、靴箱の上に飾ってある。笑顔で立っている自分と洋司、弓香の両親をよそに、智之は無表情で立っており、弓香は眉間にしわをよせている。
笑ってください、笑って。
必死に訴えていたカメラマンの声は、二人に届いていない。届くはずがない。
自分は悪くないと、佐代子は誰かのせいにしたかった。
洋司が勝手に、幼なじみで住宅会社や、不動産会社に勤めている者に声をかけて、進めてしまったから。
当事者である智之が、「嫌だ」と断らずに、別にいいよって従ってくれたから。
弓香の両親も「やっと、ドレス姿が見られる」とはりきっていたから。
抵抗して、あれこれ口出ししようとする弓香を、あちらの両親が遮ったから。
理由を探し出しては、自分は悪くないと、安全な場所にいたかった。
いま、弓香は結婚していたときと変わらず食品メーカーの庶務で働いている。給料は、決して高くはない。このマンションも、離婚するときに二人が取り決めて、智之が全額負担し、購入したものだ。
一人暮らしは、初めてだった弓香だが、結婚していたときよりも肌つやがよく、元気そうにしている。
智之は変わらず、高校を出てからずっと勤めている産地直売所で働いている。
保育園に、黎太郎を預けて、後妻である美智佳も働いている。恰幅がよく、力持ちの美智佳は直売所にとって、もう必要不可欠の人材になっていた。
野菜の名前も特徴もすぐに覚えて、もともと畑に慣れ親しみ、農家の長男として生きてきた智之よりも詳しい。黎太郎もひねくれず、保育園で友だちをつくり、週末はホームパーティと称して、子供たちとその母親でわいわいと過ごしている。
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