【第三章:風の狩場とカルマの谷 二十四】

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「…………」  まさか自分も何も食べない体質になったりしないよな、と少々心配になってきたが、スズは質問を続けた。 「細菌とはいえ、生きている物を食べてるんだから、『ベジタリアン』って事にならない気が……」 「さらに厳密にいえば、野菜だって果物だって生きておるからね。  というか、この世に動いていない物はないからね。  石だって、水だって、我々の細胞一つとっても、とても小さな世界の目で見れば、振動しておる。  動くものが命であるなら、命でないものなど、この世には存在しない事になってしまうね。  生命が生命で出来ている以上、食事によってすでに生きている者の命を奪うのは、肉体を持つ身には逃れられぬ定めなのかもしれぬね」  マヌルは肉の乗った大皿を「気を付けて運ぶのだよ」と、受け取りにやって来た子ネコたちに丁寧に渡した。  子ネコたちは皿を抱え、この調理場からやや下方に見える、大きなキャンプファイアーに向かって嬉しそうに走っていった。  闇の中、郷中のネコ達が円になって踊りながら炎を囲む影の向こうに、天に向かって火花をあげる朱色の光がチラチラと揺れ、輝いている。  台所はそれぞれのテント内やその地下にもあるのだが、今日のような祭り用の料理には、外にある、この大きな調理場を使うらしい。  今回初めて調理場に入った時に、スズが「料理は『家庭科』の授業で何度か習った程度」だと言うと、マヌル・ブラッド親子は驚きを通り越して呆れたようで、「ありえない」と口をそろえた。  こちらの世界で子供が最初に学ぶべき最も大切な事は、『命は命で繋がれている』という事実だという。  狩りはもとより、料理はその学びの最初の一歩なのだそうだ。
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