【第三章:風の狩場とカルマの谷 二十五】

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「料理はね、命を狩った者の心の負担を、少しでも和らげるために発展したのではないかと、私は思うのだよね」  マヌルがいかにも楽しい、というように生ハムをバラの花の形に整えて言う。 「ただ食べるだけなら、丸焼きだって、生のままだって良いわけだからね。  もちろん、保存や安全性のためでもあるわけだけれど」  バサバサとしたあの衣装に、たすき掛けをした姿でのんびりとおしゃべりをしながら、手だけは、さかさかと良く動く。  調理器具や皿の扱いもスムーズで、とても手慣れた様子だ。 「……偉い人って、料理はしないものかと思ってました」  マレビト、地球の人間で言うのなら、マヌルのような立場の者は、きっと炎の上座に奥方と共にゆったりと座り、最も豪華な食事を楽しんでいるだろう。  マヌルの台所姿は生き生きと楽しげでどこか微笑ましく、スズは表情を和らげた。 「この世に在るもので、偉くない者などいないよ」  マヌルはキョトンとした表情で手を止めた。 「私がこの郷の長をしているのは、たまたま最も魔力の量が多かったからでね。  郷のみんながおらねば、『長』である私もいないからね」  マヌルは濡れた布巾で手をぬぐうと、自らの胸にかかった、車輪型の魔神輪をスズに示した。 「このね、中心の石。例えばこれを神様だと思って欲しいんだがね」  マヌルは金の車輪型の魔神輪の中央のひときわ大きい紫色の石、坤石を肉球で指した。 「そしてね、この緑の石が君だとしよう」  次に坤石を中心に伸びる金の車軸の間にある、八つの石のうちの一つを指した。 「隣の石はギンコやフーカ、ブラッドかもしれない。  みんなそれぞれ長所も短所もあり、個性も違えば、特技も違う。  でもだからこそ、足りない所を補い合えるのだね」  薄い桃色の石、赤い石などを指して言う。 「だがね、見てみなさい。  神様からの距離はどの石もみんな同じなのだよ。  ここにはたった八つの石しかないがね。我々は無数の命を持っておるね。  ネコタミやマレビトだけでなく、鳥や虫に植物や動物、もっと小さな目に見えない生命まで、みんなが手を繋ぎ、一つの円を描いている。  そうして全ての生命の繋がりが綺麗な円を描くから、世界は廻り、進んでゆくのだよ。  輪廻転生だけでなく、この真理を内包するがゆえに、この魔神輪は『生命の環』と呼ばれているのだね」
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