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視界の全てが真っ白だ。
やがて景色に線が入り混じり、それらは廊下の風景になった。
一瞬分からなかった。何故学校の廊下で視界が霞んだのか。
その気付きは感動とともにやってきた。
そうだ。僕は過去へ戻ってきたのだ。
上着のポケットに手を当てた。渡すべきチョコの感覚がそこにあった。
僕の隣を数人の生徒が通り抜けていった。そのうち1人の男子が僕の方へ振り向いた。
「おう斎藤、おはよう」
「…お、おはよう」
斎藤は僕の名だ。ノスタルジーに浸っていて反応が遅れたが、声変わりの途中の僕の声が喉から出た。彼は僕に向かって顔をしかめた。
「何でこんなところで立ち止まってんだよ、斎藤。もっとちゃんとしないと、またお前…」
確か彼の名前は高松。クラスのまとめ役だ。「普通」と違った僕をクラスの輪に入れようと、彼はよく指示を出してきた。
「まぁいいや。とりあえず教室行こうぜ。それより斎藤、ちゃんとヒゲ剃ってきたんじゃん。寝グセも直ってるし」
うるさいな。そう思っていた気がする。「僕はお洒落に興味がないから」と言うと、彼はいつも「お洒落と身だしなみは違う。お前のそれはマナー違反だ」と返してきた。
学生の頃は今と身長が違うからだろうか。何だか歩きにくい気がする。教室へ入るとき、ドアの端で足をぶつけてしまった。近くにいた女子の苦笑いを消すように、高松が笑う。
「おいおい斎藤、大丈夫かよ!?お前って本当ドジだな」
高松の笑い方は、親しい友人が小馬鹿にし合うようなものだった。少なくとも目の前の女子とは違う種類のものだった。つられて周囲の女子も笑顔を浮かべる。
高松のそれは優しさかも知れない。だが僕は、彼の目が笑っているかどうか判断できるようになっていた。彼の優しさは、それに気付ける今となっては残酷さでしかなかった。
うつむき気味に前を見ると、2人の女子生徒が目に入った。教室の前列に並んで座っている。1人はチサ。そしてもう1人は、玉木ミサト。忘れるはずのない、僕がここに来た目的だ。
生徒の多くがそれぞれの会話や作業を行っている中で、2人はこちらを見ていた。この頃はまだチサとも親しかった記憶はない。彼女の方が先に気があったのだろうか。玉木さんの視線の意味も、頭の隅で妄想が広がっていく。
高松が席に着き、僕も席に着いた。人生初のタイムスリップだ。いつも以上に落ち着かなければならない。
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