タイムラグ

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 失敗した過去の2月14日について思い出そうとしていたのもあった。自分の立場を再認識し、告白の方法について考えていたのもあった。もちろん、元々いつも話し相手がいなかったこともあった。  だが僕はそのせいで、自分の身に起こった違和感を無視し続けてしまった。たとえば時の流れが速いと感じても、時計が無ければ無視できてしまうように。  人の物差しは人だ。その異変にはっきりと気が付いたのは、4時間目の体育の授業だった。教師にも当てられない国語や数学とは違ったからだ。  授業は準備運動から始まる。  体育委員の掛け声に合わせて、屈伸やジャンプを行う。  おかしい。  前の生徒が膝を曲げて屈む。当然僕も同じように動こうとする。僕の膝が曲がる。その頃には、目前の彼は立ち上がっている。つまり僕がワンテンポずれていることになる。どれだけタイミングを合わせようとしても、何故か少しだけ僕が遅れている。  混乱しながら理由を探した。思い当たるのは1つしかない。タイムマシンの誤差だ。ぼくはタイムマシンの原理を何も知らない。それが公開されているのかどうかも。だが僕の身に起きているのはそれだと確信した。  僕の意識が、僕の感じる情報よりも約1秒早い。  つまり僕が「今」行おうとした動きは、1秒後の動きになるということだ。信じられないが今そうなっている。  準備体操の最後はジャンプだ。僕は思い切って、他の生徒より早く跳ぼうとしてみた。僕の足が地面から離れる。掛け声と一致した瞬間だった。工夫すれば何とかなるようだ。  しかし安心は一瞬で消えた。見ている情報から1秒ずらして連続して跳ぶのは難しい。滞空時間が思ったより長く、まだ空中にいる状態で跳ぼうと足を伸ばしてしまったり、逆な着地してから跳ぶまでの誤差が大きすぎたりした。早い話が無様だった。後ろの方の何人かの抑えるような笑いが聞こえた。  よりによってメインの内容はサッカーだ。出来るはずがない。パスもドリブルも何も出来ない。同じチームの高松がゴール前でゆっくりとパスしてきたが、それもタイミングを合わせられない。足がボールに引っかかり転んだ。  朝と同じような高松の笑いでフォローされる。立ち上がりながら横にある女子のコートを見た。 玉木さんと目が合い、逸らされた。  正に最悪のタイミングだ。
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