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待ち望んでいた授業終了のチャイムが鳴った。
教室までの廊下で、僕の前に高松や男女6、7人がいた。後ろからその姿を見る。男は全員、短い靴下に少し腰から下がったズボンといった着こなしだ。裾は鍛えられた二の腕を見せるように捲られている。女子の膝上まである靴下は彼女たちの細い足を際立てていた。上着は少し余裕があるようになっている。自分の靴下が、その間をとったような中途半端な長さであることを初めて意識した。
気が付けば彼らに近付きすぎてしまっていたようだ。先に高松から声をかけられた。
「おう斎藤、お疲れ」
いつもの部活の挨拶なのだろう。挨拶の便利さが分かったのも社会人になってからだった。
1秒、2秒、間が空く。
1秒は突然高松に話しかけられて何を言うべきか焦ったから。もう1秒はタイムマシンの誤差のせいだ。高校生の会話で2秒の詰まりは長い。他の男子は既に鬱陶しそうに僕を見ている。
「高松くん、今日の僕、変じゃなかった?」
笑い声がした。高松のものではなく、高松の周囲にいた男女全員だ。
「お前、斎藤!いつも変じゃねぇか」
「今日コケてたでしょ?ウケた」
「ヤバ~い」
何も知らないくせに。僕に起こった誤差も。そもそもお前たちが生まれた時から手にした見た目、要領の良さ、コミュニケーション能力、それら全ての大きさも。うるさい。
うるさい。
「…うるさい」
しまったと思ったときには遅かった。そこにいた全員が黙った。高松がまた口元だけで笑いながら場を取りなそうとしたが、僕は走って階段を上った。上ろうとして、また転んだ。1秒の誤差は大きすぎた。今度は笑い声は聞こえなかった。
一段ずつしっかりと階段を上がっていると、下にいる彼らの声が聞こえてきた。
「何だよ、せっかくいじってやってんのに」
「斎藤くんって本当に何考えてるか分かんないよね」
「あんなだから1人なんだろ」
もうどうでもよかった。だがその中に混じった1つの声に振り向いた。
「高松くん、いっつも斎藤くんに優しくしてあげてるよね。えらいよ」
その声を忘れるはずがなかった。聞き逃すはずもなかった。
あの集団の中に、 玉木さんがいた。
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