行きの電車

3/5
前へ
/18ページ
次へ
「で、ベラルさん」 「ベラル、でいいわ」  再び顔が近づいてくる。 「ベラルさ――」 「――ベラル」  横目に盗み見ると、彼女はじっと私を見つめていた。まるで試すかのような微笑を浮かべながら。 「……ベラル……は……」 「なあに?」  満足そうな顔をして、彼女は体を起こした。気をつけていたはずなのに、またしても彼女に流されてしまった。 「一体、何がしたいわけ? 私をどうしようって言うの?」  その問いに、考えこむようなそぶりを見せる。そして、 「駅で話したはずよ。一緒に来てって」 「……いや、それはそう聞いたけど。それが理解できてれば、わざわざ訊かないっての……」 「そう」  車内放送が、停車駅が近いことを知らせた。 「……それから、どうして私の名前を知ってたの?」 「それは簡単よ」  彼女は反対側の窓に向かった。それから、視線を窓から移さず、 「精霊に訊いたの」  再び、理解不能なことを言った。  さっきから精霊精霊って、もしかしたら彼女は、中二病ってやつなのかもしれない。顔や背格好から見るに、歳は同じくらいか、上だと思ってたけど。 「もしかして、精霊は本当にいるとか信じてるの?」 「ええ」  彼女は振り向いた。強いまなざしをしていた。少し睨んでいるようにも見えるくらいに。 「精霊は、いるわ」  今までとは違う、どこかひんやりとした重みのある声だった。その言葉に、私は座席に縫いつけられ、動けずにいた。  そのうちに、電車がホームに着いて、扉が開いて、隣の車両で人が乗り降りする気配がして、発車ベルが鳴って、扉が閉まった。  乾いてしまった喉を唾で潤してから、 「……本気で、言ってるの?」 「嘘は嫌いよ」  ゆっくりと息を吐いて、揺れだした座席にもたれかった。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加