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「…助けるのか」
後ろから投げかけられる問いに高杉は答えなかった。ただ、利用できるものはするだけだと、今の稔麿に素直にいうことはなぜだかしたくなかった。誰かに看病を頼みたいものの、この身なりでは混乱を招くだけだ。すると稔麿が俺の名を静かに呼んだ。
「俺に、任せてはくれないか?」
伏せ目がちに頼むと頭を下げる稔麿の様子に少し混乱しながらも短く返事をする。万が一のことがあってもこいつなら大丈夫だろう。
何より多分こいつはこの女に何か思うものがある。それが何かは分からないが、それでも別に稔麿がこいつの面倒を見てくれるというのなら別にそれを拒む理由もない。また明日、と軽く声をかけると背を向けたまま返事をした。
苦しそうな声が時々部屋の中にこだまする。熱にうなされている彼女の額を手ぬぐいでそっと拭う。稔麿は悲しげな顔でただ彼女を見つめていた。
「どうして」
そんな彼の声は虚しく部屋に響いて消えていく。ちゃぷりと桶の水に手ぬぐいを浸しきつく絞りまた彼女の額に浮かぶ汗を拭う。すると彼女はうっすら瞳を開けた。稔麿の肩がびくりと揺れる。焦点の合わない瞳で必死に彼を捉えようとする。そしてゆっくり口を開いた。
「お、にいちゃん…?」
稔麿は息を飲み返事もせず困ったような顔で彼女の目を手で覆った。
「ど、こ…寂しいよ…ひとりにしな、い、で。」
彼女の手が宙を彷徨う。まるで探し物が見つからないようにフラフラといろんな場所に必死に何かを掴もうと手が空を切る。
「っ…ごめんね、刻夏(ときか)。でもお前はもう、俺の…」
そこまで言って刻夏と呼ばれた彼女の腕を掴みそっと布団に戻した。しばらくして落ち着きを取り戻し規則正しい寝息が聞こえる。安心したように稔麿は一度部屋を出た。庭の井戸に向かい水を変えるついでに自分の顔も水で洗う。水面に映る自分の顔にため息をつくともう一度顔に水をかけた。
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