第三章 変な虫

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「わかりました。そこは疑わないことにします。でもまだ問題があって」 「問題だらけよね。下の中だし頭おかしいし。あとこの手の男は将来禿げるわよ」  森本さんはアイスティーを飲み干し、ストローがズズズと音を立てた。 「それもですけど、そもそも好きじゃないんですよ、齋藤さんのこと」 「根本からアウトじゃないですかそれ。嫌いな人と会っててもお互いのためにならないような気がします」 「嫌いとも違って。うーん、仲良し? 仲のいい先輩後輩」  ただの仲良しとしては、この上なく波長が合うと感じていた。話の選び方や切り返し方が私の繰り出す茶番にぴったりだ。わざと通り過ぎても怒ることなく追いかけてきてくれる。仲のいい先輩後輩、仲のいい友人としてなら楽しくやっていけると思っている。 「でもあの人と付き合うかっていうとえーーーって思う。好きっていうのがよくわからない。どうなったらその人のことを好きってことになるの?」  そこがわからないから、好きじゃないとしか表現できないのだ。  あーもう! 普通は悩みを口に出すとすっきりするものなのに、話していると余計にもやもやしてきた。  私は日々穏やかに生きていきたいだけなのに、あの男が私の心の平穏を掻き乱す! やな奴やな奴!  勢いに任せてオムライスを口に運んでいると、 「森本さんちょっと……」 と、祥子が森本さんに耳打ちを始めた。森本さんはそれを聞きながら、目をカッと見開いてみたり、眉間にしわを寄せてみたり、鬼瓦の顔真似をしてみたりと、矢継ぎ早に変顔を繰り出していた。  やがて、一つ大きくうなずくと、 「夏帆ちゃん、付き合ってみたら?」 「……は?」  思わずドス黒い声が漏れた。 「って祥子ちゃんが」  さっとかわす森本さん。 「どういうこと? 祥子」 「いや、失礼ですけど、夏帆さんって今まで彼氏とかいたことないじゃないですか。いい機会なんで付き合ってみたらどうかなって。お試しで。世の中のカップルなんて、大体どっちかの片想いから始まってると思いますよ。どっちかが先に相手を好きになって、そしたら相手側も自分のことを好きって思ってくれるその人を気になり始めたりして、流れで付き合い始めたりなんてしちゃって、案外上手くいくみたいなの、世の中にはいくらでもありそうじゃないですか」
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