第三章 変な虫

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「だからとりあえず付き合ってみたらってこと? それって齋藤さんに失礼じゃないかな。好きじゃないのに」 「いーのいーの。賭けてもいいけどこの男、夏帆ちゃんからOK出たら問答無用に大喜びよ。それに結局遠距離なんでしょ? ダメだなって思ったとしても別れやすいじゃない。こんな便利なお試し物件そうそうないわよ」  さらりとボロクソ言っている。齋藤さんをフォローするような言葉がまた頭に浮かんだが、それはそれで唇を噛みしめるほど悔しいので飲み込む。  はたちを過ぎて恋愛経験なしで、このままだと一生独身かもしれないという恐怖がちらついてきていたのが正直なところでもあった。私だっていずれは結婚したいし子どもも欲しい。でも、今は好きっている感情すらよくわからない状態に陥っている。  そういう点では、確かにこれはいい機会かもしれない。経験を積める。  齋藤さんとは仲が良いし、一緒にいて楽しいし、なにより茶番に付き合ってくれる。知らんぷりして通り過ぎても毎回必ず追いかけて手を握ってくれる。そんな男は今までいなかった。  この人をいつか好きになる時が来るのだろうか。  ……現時点では想像がつかない。一ミリも。 「そうですね。考えてみます」 「もし上手くいったらわたしたち、愛のキューピットね! ブーケ受け取りに行くから結婚式に呼んでね」 「しょうもない男だったら連絡ください。私がとっちめてあげます」  頼もしい友人たちとのランチは、私の考え方を大きく動かすものになった。  後日、だらだらと毎日続けているLINEで、次に会う日が決まった。一月末の日曜日。  また来るんですか、物好きですね、暇なんですか。  とは言わないでおいてあげた。私も随分変わったものだと思った。
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