第一章 出会い

4/4
前へ
/43ページ
次へ
 竹内がようやくコートに現れたのは、夕方、もう片付けを始めたころだった。あまりにかわいそうなので、二ゲーム先取でシングルスの試合をしたのだが、あっけなくストレート負けを食らったので、彼が大会に間に合っていれば、おれのペアが優勝することはなかったかもしれない。 「意外です。竹内さん、すごいしっかりしてるのに」 「それがあったから、竹内君、今年は前夜祭なくしたんだよ。代わりに打ち上げ頑張るって。……週明けにマウスの実験あるんだけど大丈夫かな」  家守先生が神妙な表情をした。 「なんの実験っすか?」 「マイクロダイアリシスプローブの脳内埋め込みオペ。ほら、斎藤君がやってたやつの続きだよ」  あー、あれか。二日酔いにはしんどいだろうが、おれの知ったこっちゃない。かわいい女の子とお話しする方が大事である。 「夏帆ちゃん、今日打ち上げは来るよね?」 「行きますよ。あんま飲めないですけど」 「おれもあんま強くないから平気よ。昔の細胞薬理は酒強い人多くて激しかったみたいだけど」  ルームミラーごしに、家守先生が懐かしそうに小さくうなずいているのが見えた。 「細胞薬理といえばさ、なんでまた細胞薬理にしたの? うちが第一志望?」  場を持たせるために、思いついた方向に話を進める。夏帆との会話を途切れさせたくなかった。それに、研究室選びの話題なら、おれもちょっとしたネタを持っている。 「うーん」  夏帆は少し言いよどんだ。家守先生のことを気にしたのかもしれない。 「第二志望でした。でも、動物を使った研究ができればどこでもいいと思ってたので。齋藤さんはどうなんですか?」 「齋藤君は、うちに逃げてきたんだよ」  家守先生が口をはさむ。 「逃げてきたって人聞きの悪い。僕も動物使った実験を学びたかったからですよ。あ、おれ、大学院で研究室変えてんの。前のとこがめっちゃブラックでさー」 「やっぱり逃げてるじゃないですか」  夏帆はまた、楽しそうに笑った。おれも釣られて笑顔になった。つかみは上々……かな。  ペアはコートについてから発表されるはずだ。普通は、経験者と未経験者がペアになる。夏帆は自分のラケットを持っていないので、未経験者のはずだ。おれは、夏帆とペアになれるよう、心の底から祈っていた。  そして、神に感謝した。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

86人が本棚に入れています
本棚に追加