ー 竜神の聖剣 ー

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ー 竜神の聖剣 ー

 赤オレンジ色の太陽はもう、世界を分かつ巨大な高山の影に落ちようとしている。  残酷な程澄んだ青空に滲む夕焼け色の太陽が高山の奥に沈めば、代わりに空を覆うのは濃厚な闇。西の楽園が眠りにつく頃、東では一日が始まる。常闇の住人たちの朝が来るのだ。  メルフィンティ王国を出発して1時間半。  トレソワ公爵とグランディ外交大臣他、数十人に見送られて、波止場を出港した船―――血海(けっかい)上を巡視・防衛する為に製造されたこの中型戦艦は、西で唯一、王国だけが持つ秘技によって生み出された特殊な船である。腐食性の強い海水を渡れるだけでなく、帝国との戦闘を想定したあらゆる装備が施され、最高時速620キロを誇るいわば"神の船"だ。  1500年前、エキドナ海峡で帝国船を撃破した英雄王が乗船したのと同じ仕様の中型戦艦は既に、東大陸の海域に入っていた。  国民には、トレソワ公爵から"王と戦士達は魔王にさらわれた王妃を取り返す為、東大陸(イーストガーデン)へ出陣した"と知らせることになっている。東へ行く事が自殺に等しいことは、子供でもわかる常識。それを国王が口にすれば、都は大混乱に陥るだろう。出陣前の混乱を避ける為、公表は出発後にしたのだ。  主君を失う事を恐れて未来を悲観する貴族諸侯の中には、最後まで出陣を止める者達もいたが、いずれにせよ、もう引き返せない所まで来てしまっている。波止場を中心に南北100キロ先は人類未踏の地。その海域を船は既に抜けようとしていた。
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