96人が本棚に入れています
本棚に追加
/300ページ
ダンデルクは静かに瞳を閉じた。自分が命と引き換えにしてでも奪い返したい笑顔―――フローディアの美しい笑顔を思い出し、そっと胸の奥にしまい込む。笑顔の余韻を噛みしめるようにして、愛しい妻との幸せな記憶を味わっていた、その時だった。突然、切迫した声が舵の前から飛んだ。
「――ん!? これはッ…皆様おつかまり下さい!」
叫び声に弾かれて、ダンデルクが瞼を開けた瞬間。
「どうしたチェッ…ぬおッ!?」
背中を押されたような衝動が体を駆け抜けた。前に強く引っ張られ、咄嗟に壁に手をついてダンデルクはどうにか転倒を免れたが、数名はそのまま操舵室のフロントガラスの方に転がってゆく。
「あわわわわぁぁぁ…!?」
「ななななんだぁぁああ…!」
「ぅおおおおおおっ…!」
太い悲鳴が響く中、再び航海士の声が鋭く抜けた。
「前方に障害物を感知ッ、全速後退! 緊急停止します!!」
「ひぃぁあああぁぁあッ…!」
「くおっ…とととととッ!」
戦艦が唸ったのと、それまで窓の外を流れていた灰色の霧が消えたのは、ほとんど同時だった。逆噴射をかけて前進を引き留められた船体は、手綱を引かれた馬のごとく舳先を持ち上げたまま進み続ける。
「私こういうのダメなんですぅぅぅっ、酔うぅぅぅぅ!」
「グラメル掴まれっ…おわっ!? なんだッ、船が傾くぞ!?」
大きく波打った船体が斜めに傾いた。反動で今度は右へ傾く。左右に大きく揺さぶられて、従者達も操舵室の床を右へ左へゴロゴロ転がる。揺れる悲鳴に、機関室へ向けて怒鳴る航海士の切迫した声が被さった。
最初のコメントを投稿しよう!